水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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人間らしい性生活を推奨するオリジナニーアニメ 『フラクタル』   2011.02.02


ある意味今期一番の話題作、「フラクタル」に関してです。

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この作品については、第一話を視聴した際に、「『ドッペル』の役割には性的なお仕事も含まれているに違いない。キリ」などと半ば確信していたわけですが、よもや第二話において

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「性的な用途での開発」が明確に宣言されることになるとは流石に思いませんでした。
その、性的な用途で開発された「触れるドッペル」とは、言うまでもなく「ネッサ」のことでありますが

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このネッサというキャラが性的な用途で開発された「ダッチワイフ」であると――ヤマカンこと山本寛監督がどうやら敬愛しているらしい押井守的に言えば「セクサロイド」であると――判明した今、我々はヤマカン先生の“初”監督作品、「かんなぎ」を思い出すことにもなるでしょう。

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「かんなぎ」という作品が、木彫りの「人形」に魂が宿るという「ダッチワイフアニメ」であったのは読者諸君もご存じかと思います。

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ナギ様の非処女騒動もしかり、そこかしこに性的な隠喩が込められた作品でありました。
また、「アイドル(=偶像)」がテーマになっており、この「偶像」とはすなわち「ダッチワイフ」に他なりませんし、明らかに「手コキ」を模した振り付けを行いつつ、棒状のモノを口元に手繰り寄せるという、ナギ様が自らの性的なアイデンティティを完全に自覚したOP映像も印象的でしたよね。

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(「かんなぎ」が如何にダッチワイフであるかを語る論は、それだけで記事一本分になるので今は割愛しますが、とりあえずヤマカン監督は既にダッチワイフアニメをつくっていた、という事実だけ押さえておけば問題ないでしょう。)
つまり、こうした「かんなぎ」の文脈を辿れば、ヤマカン御大がダッチワイフをテーマにしたオリジナルアニメ(オリジナニーアニメ)を創作するのも全く不思議なことではないということです。


さて、指揮者ヤマカンとダッチワイフのつながりが分かったところで、「フラクタル」におけるいくつかの示唆的な要素を追いかけてみましょう。
主に第三話の話になります。

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冒頭のシーンにおいて、おしっこが糖分高めのエンリによって「あんたたちマグロォ?」と、その性的な不感症ぶりを指摘されたクレイン及びネッサは、エロテロ組織「ロストミレニアム」の村へ連行されます。

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ピンク色のパンツでおしっこの糖分高めなエンリの兄、スンダの言によると、この村では「口に挿れるモノはすべて自分たちでつくっている」とのことで、自分たちは「ドッペル(=ダッチワイフ)」には頼らず、生身の性をこそ大切にしていると宣言されています。
また、「フラクタルは人間らしい自然な性活を奪った」と既存のシステムに対する批判的な態度も見られました。
少し遡ると、村に到着した直後には、ドッペル(=ダッチワイフ)のことを毛嫌いしているらしいジジィによってこの村の在り方が示唆されてもいましたよね。

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それらのことを考えると、クレインが村の病院を訪れるシーンで意識高いジジィによって発せられた台詞を「おまえは本当の自慰を知らない!」と空耳してしまうのも決して間違ったことではないでしょう。

そうした、いくつかの重要な台詞の断片を読み解くと、この「フラクタル」という作品が「アンチ・ダッチワイフアニメ」であることが伺えます。
つまり、「かんなぎ」においてダッチワイフの賛美を描いたハイパーメディアクリエイターヤマカン自身によるダッチワイフの否定です。
なかなかにロックな生き方ですよね。


さて、この作品のテーマが「ダッチワイフの否定」であると判明したところで、その否定ロジックを考察してみましょう。
第三話の中盤では、クレインが「マメ」のスープを口に挿れるシーンが描かれました。

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この時、ちょっとだけ甘いような、しかししょっぱくて苦いという「女性器」の味の感想を述べていたことは絶対に見落とせません。
加えて、振付け師ヤマカンの得意な「ダンス」で味を表現するシーンでは

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「コソコソする味」であると、つまり、「コソコソする行為の時に感じる味」であると名言されました。
都会っ子のクレインが、初めて口にした「生の」マメの味に感動する、これは「作り物」のダッチワイフでは味わうことの出来ない「生(=性)」の喜びを感じたのであると言えるでしょう。
また、「味覚をダンスで表現する」という行為からも、自らの身体、「生身の肉体」を使ったボディランゲージの重要性が読み取れます。
メッセージ性の強い、素晴らしいシーンでした。

こうした、「生身」へのこだわりからも、ダッチワイフへのアンチテーゼを読み取ることが出来ますが、では、この作品において「ネッサ」というキャラクターは否定されるべき存在なのでしょうか。
答えは否です。
むしろ逆です、ネッサへの賛美こそが、この作品で巧妙に仕組まれた「なまの性」への誘導になるのです。
どういうことか、それは「フラクタル」というタイトルに直結します。
「フラクタル」とは、(細かい概念はさておき)簡単に言えば「相似形」の連なりを差す言葉でありますが、そこでまさしく「鍵」となるのが「フリュネ」の存在です。

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そして、ネッサがフリュネのドッペルであろうことが、第三話の「お姉さま」という台詞でほぼ決定的になりました。

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(この新しく出てきたネッサが“三人目”なのかどうかは分かりませんが、彼女の登場によりネッサという存在が量産型のダッチワイフである可能性を否定できなくなりました。)

この二人のヒロイン、フリュネとネッサが「フラクタル」の関係である――ネッサがフリュネのフラクタル形だとする説は既に各地で語られていますが――とすれば、ネッサの乳首や女性器やアナルはフリュネのそれと相似形である可能性が極めて高いと言えます。
つまり、ネッサとセクロスすることは(=ネッサというダッチワイフを使ってオナニーすることは)、フリュネと性行為を行うことに等しいわけです。
これは極めて重要な要素であると言えるでしょう。
そう、この「フラクタル」という作品は、主人公が精巧なダッチワイフとの性交を通して「生身」の女性の良さに目覚める過程を描こうとしているとみて間違いありません。
ダッチワイフを否定するために「生身の人間のフラクタルであるダッチワイフ」を用意することで、生きている女の方がおもしろくて未知で愛おしいという事を提言するのです。
非常に面白い仕掛けですよね。
ヤマカン神が言っていた「子供をつくりたくなるアニメ」というのも、こういったところから来ているのでしょう。
(クラスのちょっと可愛い女の子と膣や乳首の色まで全く同じ形状のダッチワイフがあったら……と考えると分かりやすいかもしれません。要するにそういうことです。)


と、いったあたりで、今後この作品がどういった展開を迎えるのかはまだまだ未知な部分もありますが、なかなか見どころのあるパンツ描写も含めて、楽しみにしたい所存です。
(今後は、シリーズ構成を務める岡田磨里の文脈――true tearsにおけるオナバードや、DTB二期での生理/月経表現などとの関連性――からの考察も必要になってくるかと思われます。)

以上、フラクタル第一話~第三話までのレビューでした。













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