水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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お前のパンツは確かに俺の心を震わせた!『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第九話』   2010.03.08


空前のおしっこ回だった前回に続き、今回は空前絶後のパンツ回でしたね。


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「パンツがなければスク水を穿けばいいじゃない」などというのは軽いジャパニメーションジョークでありますが、何よりもこの第九話で提示された、おっぱいに見立てたカナタの指を吸うという一連のカットによって


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不自然なアングルから撮られたカナタのバストと共に


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あろうことかこの作品が、スタイリッシュ授乳アニメ“聖痕のクェイサー”との繋がりを持ってしまったという、俄かには信じ難い事実を突き付けられることとなりました。


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カナタの聖乳<ソーマ>を吸い取ったノエルちゃんは何と“クェイサー”だったわけですね。
タケミカヅチのクェイサー。


そして、この描写がなされる前には、しっかりとその伏線が張られていました。


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ノエルちゃんによって刺激されたダンゴ虫が固くなるという、一見すると他愛のない無邪気なシーンではありますが、何のことはない、ダンゴ虫とは上記の“授乳”シーンで固くなるであろう我々自身のことを示していたわけですね。

もちろん、その直前には、男性が持つ何かしらに酷似した形状のお芋さんが描かれてもいたわけですし


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そんなお芋さんが“生命の営み”に見立てられてもいたわけですから


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この一連のシーンが「男性の身体に付随する何ものかを弄くり回す少女たち」という、正視するに堪えない卑猥な場面であったことは誰しもが指摘するところでしょう。
こうした、変なベクトルに振り切れた開き直りっぷりからも“聖痕のクェイサー”へのリスペクトが感じられます。


話をパンツに戻すと、三人の髪の色とパンツの色とのコントラストには読者諸兄もお気付きのことでしょう。


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黒に近い茶髪←→白パンツ



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黒髪←→白パンツ



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白(に近い灰色)髪←→黒パンツ




そしてこれが、“聖痕のクェイサー”における下着の色と同系統のコントラストであることにももちろんお気付きですよね。


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赤髪(暖色)←→水色(寒色)



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青髪(寒色)←→朱色(暖色)



パンツの色一つを取っても繋がりが垣間見えますよね。

また、この作品は軍隊というコミュニティにおける“疑似家族”モノとしての側面が強調されてもいるわけですが、“聖痕のクェイサー”においても、血の繋がらない他人同士が一つ屋根の下で食卓を囲む風景が頻繁に描かれていることを指摘しておけば、この作品と“聖痕のクェイサー”との繋がりを補強することが出来るでしょうし、加えて、脚本家吉野弘幸という名前を挙げておけば何にも増して説得力を持つことでしょう。




もっとも、こうしたソラノヲトにおける他作品へのインスパイアは今に始まったことではなく、視聴者の多くが指摘する通り、そのキャラデザや“音楽”というキーワードから“けいおん!”との繋がりを垣間見るばかりでなく、眼鏡巨乳・フィリシアなんかは、同じく“音楽”というキーワードで結ばれ、脚本家・吉野弘幸というラインで繋がれた“マクロスF”から出張してきた『遠藤綾』の名前を挙げておけば、“らき☆すた”のみwikiへと容易に辿り着くことが出来ます。


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(第一話に見た時点では「この眼鏡のお姉ちゃんは絶対にメインパーティーの中でハミ子にされる“5人目”に違いない!」などと予想していましたが、どうやらその予想は外れのようですね)


加えて、今回の下着姿タケミカヅチを操縦する雄姿でその魅力が倍率ドンさらに倍増したノエルちゃんなんかは、その名前からして「寒凪(かんなぎ) 乃絵留」と、ソラノヲトを制作するA-1 Picturesの過去作品“かんなぎ”へのセルフオマージュを匂わせてもいます。


また、この第九話で大量に描かれたパンツにしたところで、第一話の時点で既に


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パンツと共に、後にこの砦に居座ることとなる“鳥”が描かれていたわけですから、「パンツ×鳥」という勝利の方程式により、例のあの作品との繋がりを感じ取ることが可能となるでしょう。


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つまり、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト・シ・モ・ノ」で飛び立ったパンツは、野を越え山を越え、謎の戦争地帯をも飛び越えて、ここヘルベチア共和国へと降り立ったのですね。


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この壮大な大河ドラマには少し目頭が熱くなってしまいます。





と、何だかよく分からない方向に話が逸れてきましたが、そろそろ軌道の修正がめんどくさくなってきましたし、そもそも特に実りのある話をしていたわけでもないので今日はこのあたりでお開きとしておきましょうか。

しかしそれにしても、ほんとここ最近ノエルちゃんの魅力が急上昇していますね。
中に入ってる悠木碧ちゃんの演技の賜物でしょうか。

ユミナさんとノエルちゃんどっちを取るべきなのか、小笠原と遠藤でどっちを使うべきか頭を抱える岡田監督の如き懊悩を抱えながら今後の物語の行く末を見守ることとしましょう。

ありがとうございました。









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濃密なおしっこ描写に感動の嵐が吹き荒れる『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第八話』   2010.02.28

感動した!


もう既に多くの同志によって語られてもいますが、この感動を少しでも多くの人に伝えたい、少しでも議論の発展に寄与したい、そんな思いから遅まきながら筆を取らせていただいた次第であります。


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“電話のためにおしっこを我慢する”というのは何だか“トイレにまで携帯を持ち込む”と言われる昨今の若者の“携帯依存”に対する皮肉か何かかなぁ、などということを思ったとか思わなかったとか、そんな空前のおしっこ回として各地で話題沸騰、“ソ・ラ・ノ・ヲ・ト”第八話でございます。


正直、おしっこが何だとか、アヘ顔がなんだとか、セリフがなんだ、なんて話は既に至るところで語られ尽くされているわけですが、しかし、それでも尚、俺はこの感動を文章としてしたため、記録に残さずには居れません。
例えば俺が死んだ時、遺品整理の中からこの文章を保存したデータが発見されたならば、もしかしたら一族の恥だとか、こんな変態と一緒の墓には入りたくないだとか、そういった誹りを受けるやもしれませんが、それを思って尚、書かずには居れないのです。



だっておしっこが好きなんだもの



30分丸々を“おしっこ”に費やしたこの第八話。
先ずは巧妙な伏線の張り方に感服します。

何たらかんたらニン任務のために電話に張り付かなければならないという“状況”の提示。

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第1121小隊の面々が次々と舞台を降りることにより生じる“責任”の加圧。

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「手が離せない時に限って客が来る」という“物語的に極めて自然な形”での“水分”の摂取。

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これだけの条件が整えばこそ、不自然にならず、必然性をもっておしっこを我慢させることが出来るわけですね。


そして、こうした伏線を最大限に活用しつつ、非常に優れた“おしっこ演出”が施されます。

例えば、カナタの“尿意”に見事に呼応する形で降ってきた雨の一雫。


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最初の一滴(=初期尿意)が、やがて大きな雨音(=ヲシッコノヲト)へと変遷するその様は、これからカナタの身に起こり得るステキ体験を明確に暗示しています。

加えて、“洗濯物が濡れる”ということは、つまるところ“パンツが濡れる”ということを示唆しているわけですから、これもまた、カナタの身に起こるであろうワンダホー体験を明に暗に予言しているのでしょう。


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また、ド変態神父によって作られた“糸電話”や、今にも千切れんばかりに延ばされた黒電話のコードは言うまでもなく“緊張の糸”を表現していますし


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バケツに水を滴らせるという描写は、もしかしたらそこが“簡易トイレ”として機能するのではないかという期待を我々に抱かせます。


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このあたりの描写は実に秀逸でした。

もちろん、アバンからも既に描かれていた、カナタの頬を伝う“汗や涙の雫”にしても


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おしっこの代わりに分泌された“代替液”であることはもはや指摘するまでもありませんし、これ見よがしに配置された“空きビン”や、我々の期待通り、カナタ自身も一度は着目した“バケツ”の存在などは


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思わず我々の身を乗り出させるのに十分な役割を果たしていました。


そして極めつけが最後の“放尿シーン”です。

我慢が限界を極め、ついにダムが決壊したかと思われたその瞬間


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「BK201の星が…消えた…?」






感動した!


未だかつて、これほどまでに美しく、鮮烈なおしっこアニメがあったでしょうか。
一級認定おしっこソムリエを自称する俺は正直、涙を流さずにはいられませんでした。
(あ、もちろん、30分間我慢してたおしっこはちゃんとトイレでしましたよ?)




と、ここまでが簡単なおしっこレビューでしたが、実を言うと本当に大事なのはここからなんです。

この第八話で最も重要なポイントは、“おしっこ”は性描写ではないというところにあります。


規制だ何だと色々言われている昨今、様々な媒体が“性描写”というものに関して非常にナイーブになっています。
当ブログでも以前取り上げた“聖痕のクェイサー”なんかは、規制を気にするあまり地上波版では“全くの別物”を作らなければならない事態に陥っていたりします。

こうした状況の中、クリエイターの方々は様々な視点・解釈・演出によってパンツや全裸を描き、我々に“性”という悦びを提示して下さっているわけですが、そういった“隠し性描写”の一つとして、“おしっこ”というギミックが如何に優れているのか、その重要性に改めて気付かされました。

つまり、簡潔に言うと


生理現象だから恥ずかしくないもん!


これです。

何度も言いますが“おしっこ”は決して性描写ではありません。
イヤラシイ目で見る方がおかしい。

ですから、どれだけ真正面から描こうとも、規制や修正などとは無関係な要素なんですね。

このソ・ラ・ノ・ヲ・ト第八話で描かれたのは、“エロス”や“萌え”でもなければ変なフェティシズムでもない、ましてや吉野弘幸の個人的な異常性癖でもありません。

ここで描かれたのは生きるために必要なことそれ以上でもそれ以下でもなく、そうした大切なことを一切のオブラートに包むことなくしっかりと描ききった制作陣に、俺は心からの拍手と賛美を惜しみません。


そしてもちろん、地球上の大半の生物にとって欠かすことの出来ない生理現象なわけですから


アヘ



これは断じて“アヘ顔”などではありませんし、また、「らめえええええええええええ」という台詞も決して性的な意味ではあり得ません。

どこにも性の要素など含まれていないのです。



もっとも、本来の意図とは違った解釈をするのは視聴者の自由ですから、人間が生きるために必要な生理現象を我慢している場面も


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「これはパンツの中にローターを仕込んでいるに違いない!」などと想像を膨らませ股間を膨らませたとしても、それこそ誰にも咎められる筋合いなどないでしょう。






と言ったあたりで本日は締めさせていただきます。
ありがとうございました。

ちなみにですが、俺が一番おしっこを飲みたいキャラはユミナさんです。

ユミナ


俺もユミナさんにこんな顔で叱られたりしたいものです。

あるいは、限界までおしっこを我慢してるところを

ノエル


ノエルちゃんみたいな表情で見下されたりするのも一興かもしれませんね。


では。ノシ









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