水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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ようせいさんのにじそうさく 『人類は衰退しました』   2012.09.01


「クニをつくるです?」
「ナニがクニだぁ?」
「クニクニしろおらぁです?」
「じょおうさまのクニですので?」

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「じょおうさまのためにナニをつくるです?」
「べんじょはひっすです?」
「すうこうなものです?」
「ひとをみじめなきぶんからすくうものです?」
「じょおうさまはにんげんさんなのではいせつきかんがそんざいします?」
「かいてきにはいせつこういをするためのばしょはひつようですから?」

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「じんるいはすいたいしてもべんじょはすいたいしないです?」
「じんるいのすいたいとはじんこうやぶんかしせつのもんだいであってしんたいてきなはなしではないですから?」
「ごはんはふつうにたべるのだからはいせつもふつうにします?」
「おふろにはいるということはたいしゃがおこなわているしょうこになりますので?」

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「ぼくらようせいもおもらししますが?」
「にんげんさんとオナじようなはいせつきかんがそなわっているです?」

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「ようせいにははいせつきかんはあってもせいしょくきかんはないのです?」
「ぼくたちはしぜんにふえますので?」
「せいこういなどしなくてもぞうしょくします?」
「だからせいよくがないのです?」
「ナニかをつくるというこういはだいすきですが?」
「モニュメントー」

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「にんげんさんはにんげんさんをつくるためのこういをおこなったけっかとしてふえるので?」
「ぼくたちはナニかをつくるというこういそのものによってふえます?」
「ようせいがようせいであるゆえん?」

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「そういえばにんげんさんがクリをくぱぁってしてましたが?」
「してたしてたー」
「ナニをつくるこういなんです?」
「ナニもつくらないこういなのでは?」

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「つくりたいというよっきゅうはあるので?」
「せいかくにはつくるためのこういをしたいというよっきゅうです?」
「つくるためのこういであってもつくることをもくてきとはしていないので?」
「オカシはつくります?」
「クリはオカシにはいります?」
「クリをむくだけではオカシにならぬです?」
「オカシにはナニがひつようです?」

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「オカシつくったらあながあくのです?」
「あなをあけることがオカシですから?」
「われわれにはあなはあけられないです?」
「あながあけられないからようせいはオカシつくれないです?」
「オカズはつくれますが?」
「ぼくらがにんげんさんのオカズをつくるので?」
「にんげんさんはぼくらにオカシつくってくれます?」
「とうかこうかんです?」
「うぃんうぃんのかんけいでは?」

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「ぼくたちはオカシたべてにんげんさんはオカズたべるんです?」
「オカズだけでよいので?」
「クリはにんげんさんがじぶんでむいてましたが?」
「クリとクニはにてます?」
「クリをクニクニ?」
「オカズいがいにナニをつくればいいです?」
「べんじょはひっすです?」
「すうこうなものです?」
「ひとをみじめなきぶんからすくうものです?」


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2012年夏期新作アニメレビュー 『あかい、いと』   2012.07.14

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック Tag [僕H] [夏雪] [生理]

『鬼作』シリーズや『YU-NO』でお馴染みの高橋丈夫監督の最新作『だから僕は、Hができない。』はもうご覧になられたでしょうか。一個の意思を持った生物であるかのように、キャラクターの挙動に合わせてアクロバティックに動き回ってはわれわれの視線から乳首を守護する「黒塗り(命名:まっくろくろすけ)」が特徴的なこの作品でありますが、乳首への絶対防御に気を取られた影響か、もっと切実に隠されなければならないであろう箇所が無修正で放映されてしまいました。
青少年の健全な育成に影響がないか、またそのことを以ってアニメ規制への機運を高めることになりはしないかと心配でなりません。

問題となったのは、シンシ的思考の持ち主である主人公・良介がリサラさまを家に招き入れた後の一連のシーンです。

DBH1.jpg


ここでは、初対面の美少女に踏んでいただくというたいへん羨ましい光景が繰り広げられておりましたが、この直後、われわれは前代未聞の衝撃に襲われます。
踏んでいただくだけでは飽きたらず、どうしてもリサラさまの純白のパンツが見たい健全な少年は、そのシンシな精神によって身体を起き上がらせるわけですが、当然、以下のような状態になるわけです。

DBH2.jpg


この時、少年はナニかを目撃します。

DBH3.jpg

DBH4.jpg


それは、赤く燃える「草原」でした。
美少女の股間には、美しい赤色の草原が広がっていたのです。

(ちなみに、さらにこの直後には、リサラさまに折檻していただくというたいへん羨ましい光景が繰り広げられましたが、

DBH5.jpg

その際に「この角度……モロにパンツが……ない!?」という発言がなされたことから、上記のシーンで少年が目撃したものとは、布一枚すら挟まない「直」の股間であったと断定されます。)

それを踏まえた上で再び上記シーンの話に戻りますが、ここで少年が見た「草原」とはズバリ「陰毛」であることに疑いの余地はなく、地上波のテレビアニメにおいておよそ初めて陰毛が無修正で描かれた歴史的な瞬間でありました。
これまでにも、例えばワカメやヒジキといった海藻類に姿を変えて、いわゆるメタファーとして陰毛が描かれることはありましたが、そうではなく、あくまで直接的に絵として提示されるのはきわめて異例なことと言えるでしょう。

繰り返しになりますが、赤い髪の美少女には、赤い色の草原が群生しています。
このこと自体には何ら不自然な点はなく、これだけであれば「ついに地上波のアニメで陰毛が描かれた」という事実の指摘に留まるところなのですが、このシーンの中で、絶対に聞き逃してはならない重大な発言が飛び出しました。

――あかい、いと

普通に考えると「赤い糸」となるでしょうか。つまり赤い髪の少女の股間には赤い糸が生えていたと。
しかしちょっと待ってくださいよ。無数に生い茂る「草原」のことを「糸」と表現するのは、少し不自然ではないでしょうか。
「糸」といえば、通常は「一本の紐状のもの」を指します。より詳細には、繊維が捩り合わさったものを指します。
では、この時、リサラさまの陰毛は、複数の毛が捩り合わさり糸状になっていたのだと考えるべきでしょうか。
答えは否です。なぜなら、それでは映像によって提示された事実と異なるからです。われわれの目にははっきりと「草原」が映っており、その草原は良介の目が捉えたものと同じであると、紛れもない事実なのだと、証明されてもいます。

DBH6.jpg


先ほどの「草原」は、メタファーでもアレゴリーでもなく、良介の目が見た真実の光景であるとちゃんと描写されていました。
となると、やはりこの無数に生い茂る草原を「糸」と表現するのは誤りであると言わざるをえないでしょう。では、「あかい、いと」とは一体何なのでしょうか。
件のシーンで、良介の目に映ったのは「草原」でありましたが、「あかい、いと」というのが目で見たものであるとは一言も言われておりません。察するに、リサラさまの草原に頭を突っ込んだ際に、顔面のどこかに「触感」を得たのではないでしょうか。つまり、ナニかが顔に触れた、それが「糸」を思わせるものであったと。
つまりこういうことです。良介はリサラさまの股間に頭を突っ込んだものの、そのあまりに衝撃的な光景に混乱を来たし、目に映った「赤い草原」と、顔のどこかに触れた「糸」のような感触がないまぜになり、思わず「あかい、いと」と呟いたわけです。
もちろん、女性の股間から生えているもので、陰毛以外のものといえば「タンポン」の他にありません。リサラさまの股間には、陰毛とともにタンポンの紐(=糸状のもの)がはえていたんですね。
となれば、「あかい、いと」とは、より正確には「あかい、紐」であることが分かるでしょう。あるいはもしかしたら、この日はたまたま超多い日で、タンポンでは抑えきれずに紐の部分まで「あかい」色に染まっていた可能性も、なきにしもあらず。
そうすると、今度は「草原」のほうも、実際には紅くはなくて、たまたま超多い日だったゆえに、溢れた経血によって紅い色に見えた可能性も出てくるでしょう。一気に可能性の幅が広がりました。
そうした数々の可能性を含めた、「あかい、意図」がこのシーンには込められていました。



ところで、「赤」あるいは「紅」とは、それだけで経血を連想させるに十分な色でありますが、今期のアニメでもう一つ、強烈な「赤/紅」を放っている作品がありますよね。
『ローゼンメイデン』『RED GARDEN』『紅』と、あからさまに生理/経血を象徴した作品――タイトルもそうですし、『ローゼンメイデン』では「真紅」という名のヒロインに薔薇(=血の象徴)のモチーフが、『RED GARDEN』では生者と死者の身体性の違い(=生理の有無)に加えて、これまた「ローズ(=薔薇)」という名のキャラクターが、『紅』では幼女とその一族の「子作り」を巡る物語、もちろん主人公の名前は「紅・真九郎(=真紅郎)」と、それぞれ生理/経血に深く関係する物語・設定・人物が描かれていた――の監督を務めた松尾衡が、マンを持して四年ぶりに指揮を取ったのが『夏雪ランデブー』です。

Natuyuki1.jpg


ヒロイン・六花さん(30)は、その初登場の瞬間から既に「あかい、はな」をバックに従えていたり、首周りには「あかい、いと(ひも)」が見えたりもするわけですが、そこのところは実は重要ではありません。また、彼女が経営する花屋のファサードには、「あかい、レンガ」貼りの外壁であったり、「あかい、まどわく」であったり、「あかい、オーニング」であったり、あるいは看板にも「あかい、はな」が描かれていたりと、至る所に「赤/紅」が散りばめられておりますが、そこもあんまり重要ではありません。

Natuyuki2.jpg

もちろん葉月くんの着てるシャツの色なぞどうでもよいです。
「緑が生い茂るように保留の気持ちが育っていく」葉月くんの、畳もカーテンも窓から見える景色も「緑」な部屋の中で、六花さんから受け取った「あかい、はな」が一際輝いて見えるのも、たぶん関係ありません。

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OP後の、Aパートのファーストカットで「あかい、ペン」を握っているのも、もちろん問題ではありません。ただの偶然です。

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われわれが問題とすべきは、葉月くんが六花さん(30)の夫・篤(半裸)と邂逅を果たす場面にあります。

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なんたることか、六花さん(30)の頬に「あかい、ナニか」が付着しているではありませんか。
さらにこの後、葉月くんはその「あかい、ナニか」を指で拭い取り、口に運ぶというシンシ的な行動に出ます。

Natuyuki6.jpg


またその際には、「複雑な味」と評してもいます。
言うまでもなく、女性の身体に付着した「あかい、ナニか」で「複雑な味」のするものといえば、当然「経血」以外にはありえないわけですが、この一連のシーンには「ヒロインの頬に経血が付着していた」という事実以外にも、大きな意味が込められています。

冒頭で「あかい、エプロン」を着用していたアッコさんの送別会の際に、ベランダで葉月くんと篤による会話が描かれましたが、そこで(台詞としては)初めて幽霊であること、「姿は見えてもモノには触れられない」ことが判明しました。つまり、件の経血付着事件の起こった時に現れた篤は、六花さん(30)には見えていなかったわけですね。
その上で件のシーンをもう一度振り返ってみると、頬に付着した経血に(篤が)気づき指で拭おうとする場面が確かに描かれています。

Natuyuki7.jpg


直後に次のカットに移り、玄関の外へ出るわけですが、この時にもまだ経血は付着したままで(だからこそ葉月くんがご相伴に預かれたわけですが)、これはつまり、この時点で既に篤が「幽霊(モノに触れられない存在)」であると暗に示されていたという、優れた演出なのでありますが、事の本質はもっと根深いところにあり、このシーンには「死」の象徴である「幽霊」と「生」の象徴である「生理(経血)」が決して相容れないものであるという主張が埋め込まれています。
つまり、幽霊は経血に触れることができないという現象を通じて、経血とは生者にのみ与えられることが許されたものであると、そう訴えているわけです。だから、生者である葉月くんは口に含むことができたのだと。
確かに、六花さん(30)の処女膜をぶち破りその芽吹いたばかりの蕾のような新鮮な雌しべに大きく屹立する雄しべをねじ込んだのは篤だったのかもしれません。しかし、これから先、六花さん(30)の花弁から滴る複雑な味の蜜を与えられるのは、葉月くんを含む「生者」なのです。
もちろん、経血を滴らせる存在である六花さん(30)も「生者」でありますから、というか、生者だからこそ経血を排出するわけですから、死者である元夫と生者の葉月くん……これも、ほんの数分のシーンに込められた「あかい、意図」でありますね。

もはや、第一話にして早くもエンディングが見えてしまった感さえありますが、とは言えこれからどのような展開を見せるのか、そもそも「決着」のつくエンディングなのかどうかも分かりませんので、注意深く見守る必要はあるでしょう。
ちなみに、「あかい、くき」の植物から「緑」の部分をむしり取るシーンなんかもありましたが、たぶん関係ないと思います。

Natuyuki8.jpg



というわけで、今期開始の二つの作品に込められた「あかい、意図」についてのお話でしたが、それと関係あるのかないのか、少なくとも、「赤/紅」とは正反対と言える「白」のイメージを冠した『ゆるゆり♪♪』の第二話で、座あかりちゃんに「紅ちゃん」などというあだ名が付けられそうになっていた件とは割りと関係ありそうな、あのアニメ批評同人誌が再び世に解き放たれます。
詳細のほうがまだ公式発表できる段階ではないので、とりあえずのカリ告知になりますが。

シンシアニメ第三号
C82・一日目(金)
東ニ・44a

にて頒布します。今回は一日目です。
原亜希のブログ漂う死屍累々の予感」と覚えてください。
もう少ししたら内容や価格など詳細のほう告知できると思います。

以上、シンシアニメ(カリ)告知記事でした。





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