水の音、無形の雫

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   2013.02.20

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック Tag [駄肉]

いわゆる「萌えアニメ」を好むわれわれのようなシンシのことを「萌え豚」と他称/自称するようになったのはいつ頃からだったでしょうか。萌え豚あるいは「ブヒる」という言葉の流行とともに、いつしか萌えアニメは「養豚場」と呼ばれるようになりました。
そうして養豚されたわれわれは今、「シコる」という新たなパラダイムへとシフトしています。
この「シコる」という言葉は個人的に気に入っていて、これまでに使われていた「萌える」「ブヒる」といった叙情的な表現に対して、より即物的で刹那的な情欲のあり方を真正面から捉えているように思います。また、一時期流行った「ペロペロ」のような、双方向コミュニケーション表現とも違い、あくまで利己的で孤独な「作業」である点も、われわれと画面の向こうの美少女たちとの関係を如実に物語っています。
つまり、「シコる」とは、画面の向こうの美少女たちは、あくまでオカズにすぎず、リアルな「恋人」になることはできない存在であり、われわれはただただ右手ないし左手を反復運動するより他ないのである、という諦念、哀切、無常感を内包した言葉であり、そういった意味では、「萌える」や「ブヒる」に比べて、即物的でありながらもよりエモーショナルな表現であると言えるのかもしれません。

ところで、われわれがブヒブヒと鳴くことをやめ、シコシコとカクようになった今、「養豚場」のあり方も少し変わりつつあるようです。

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今期、われわれをシコらせ続けているのは「駄肉系ヒロイン」たちです。
文字通り「“幅”を利かせて」います。
駄肉系ヒロインとは、その名のとおり、身体に魅力的な「駄肉」を携えたヒロインであり、某メイド長いわく「駄肉」とは、「人格的母性のない肉」であり、また「緊張感のない肉」であるということです。
(つまり、例えば駄肉と言われて真っ先に思い浮かぶであろうこのお方

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『RD 潜脳調査室』のユキノ嬢などは、きわめて母性的であり、また並々ならぬ緊張感に満ちているため、駄肉系ヒロインには当てはまりません。)

駄肉系ヒロインとはもっと、プニプニで、柔らかくて、体温高めで、だらしのない、油断しきったシロモノであると。
そして、そんなオカズブロイラーとでも言うべき駄肉系ヒロインの飼育、それが、われわれの故郷である「養豚場」の新しいありようです。それは大変喜ばしく、とても幸福なことだと思います。

さて、駄肉系ヒロインとは、決してキャラデザや作画によって分別されるものではありません。例えば『中二病でも恋がしたい!』なんかは、京アニ作品特有のふっくらムチムチした女の子が多数見られましたが、その中でも駄肉系ヒロインと呼んでよいのは「見た目よりぽっちゃりさん」と言われたニクサマーただ一人です。
つまり、単純な見た目の比較ではなく、作中における言及、またはそうだと推測される描写があるか否か。それこそが駄肉系ヒロインを考える上で最も重要なファクターになります。
『まおゆう』における駄肉さまや、『はがない』における肉なんかは、セリフとして直接的に言及される分かりやすい例となるでしょう。
では、セリフでの言及ではなく「そうだと推測される描写」とはどのようなものでしょうか。
ここでは、かつて一世を風靡した『ストパン』の搾りカス上位互換である『ビビッドレッド・オペレーション』に着目します。

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第四話において描かれたひまわりちゃんの部屋です。散乱するペットボトルと「ピザ」の箱が目を引きます。(ひまわりちゃんのボトラー疑惑に関しては今は置いておきます。)
「ピザ」というのはそれだけで「駄肉」をあらわすスラングとして使われることもしばしばありますが、そのような単純な話ではありません。というか、そのことも含めてなのですが、ここでまず確認しておきたいのは、ひまわりちゃんのヒキコモリ体質についてです。
ヒキコモリには二種類のベクトルがあります。一つは、暗くジメジメした部屋で「ロクに食事も取らずに」生活を続けた結果としての「虚弱型」で、これは多くの場合貧相な身体となります。病弱キャラに多く見られるでしょう。
もう一方は、暗くジメジメした部屋でロクに運動もせずに「食っちゃ寝を繰り返す」ことによる「肥満型」です。ひまわりちゃんはこちらに該当します。
第六話の水着回では、その豊満な胸肉が暴れ回っておりましたが、これが単なる巨乳ではないことが、上記のシーンからは伺えます。

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ひまわりちゃんの巨乳は、決して「発育が良い」のではなく、ヒキコモリ生活(=運動もせず食っちゃ寝を繰り返す)によって培養された後天的な「贅肉」であるということです。そしてそのことが表現されていたのが、上述の「ピザ」なわけです。
つまり、山積みにされたピザの箱は、ひまわりちゃんの食生活を暴露するとともに、その胸部に付いている肉が、紛れもない「駄肉」であると訴えかけているのです。繰り返しますが、ひまわりちゃんの巨乳は「おっぱい」ではなく「駄肉」です。
もちろん、上述の部屋の散らかり具合が「人格的母性のなさ」や「緊張感のなさ」を同時に表現しているのは言うまでもありません。
(なお、ひまわりちゃんに匹敵する/匹敵していたヒキコモリ女子であり、ここまでに挙げた「駄肉」とは違った観点からの駄肉系ヒロインとして、ささみさんの名が挙げられます。

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ささみさんは、どちらかと言えば虚弱型の身体であると思われますが、明らかに無駄な肉であり、人格的母性を備えてもいない「肉腫」を擁しています。この肉腫はある程度の「緊張感」を有しており、これまでの駄肉と同列に語ることは出来ないものの、正統派駄肉系ヒロインの変異種あるいは互換種として留意しておくのは悪いことではないでしょう。肉腫が生えてくるのが胸部であるという点も、「おっぱい」と「胸肉(駄肉)」とのあいまいな境界線への示唆に映ります。
また、かがみが飼育するウサギの「肉ちゃん」に目配せしておくのもよいでしょう。

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このウサギもいずれ美味しそうな「駄肉ちゃん」になるやもしれません。)

以上のように、今期は――ささみさんは特例であるとしても――その肉感を問答無用で名言されている『まおゆう』の駄肉さま、および『はがない』の肉にくわえて、『AKB0048』では暴食系アイドルの仏像がおりますし、先述のように間接的に言及されている『ビックンビックンオナペット・ケツローション』のひまわりちゃんの他、作中で一度は駄肉を身につけ、駄肉系ヒロインとしての資質(脂質)を存分に見せつけてくれた『アイカツ』のいちごさま、同様に、一時はゴキゲンな体重となった『みなみけ』の夏奈(残念ながらどちらも“リバウンド”してしまいましたが……)、などなど、そこかしこで「駄肉」の活躍が見受けられます。

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これは大変喜ばしく、とても幸福なことです。らぶゆーです。
なぜなら、女の子とは柔らかくあるべきであり、柔らかくない女の子など存在すべきではないからです。
そして、女の子の柔らかさとは、往々にして駄肉によって担保されています。(「皮下脂肪」という言い方もありますが、「駄肉」のほうが美味しそうですし、夢のある言葉だと思います。)
また、女の子が駄肉を蓄積していき、ある一定のラインを越えたとき、すなわち「女の子のかたち」ではなくなった時、それはただの「豚」になり、女の子ではなくなります。ですから、女の子たちは、そのギリギリのラインを綱渡りすることが求められるわけです。(われわれが好きなのは豚ではなく“豚のような”駄肉なのですから。)
そういう「ギリギリ」なものを、男は愛でる傾向にあります。「ギリギリ見えそうで見えない」もの、「ギリギリ挿りそうで挿らない」ナニか、「ギリギリ漏らしそうで漏らさない」状態、それらと同じように、われわれは「ギリギリで女の子のかたちを保っている」駄肉を見て、言いようのない興奮を覚え、シコります。

やや話が逸れたような気もしますが、要するに今期は駄肉がアツい(厚い)! ということです。
もちろん、駄肉系ヒロインは突如としてあらわれたわけではなく、前兆はありました。それは先述の『中二病』における「見た目よりぽっちゃりさん」なニクサマーであり、さらに遡ると、「ぽっちゃり幼馴染」と公式にアナウンスされた『アマガミ』の梨穂子、あるいは『はがない』の肉にしても、二年前の第一期の頃には既に観測はされていました。探せばいくらでも存在はしているのでしょう。
しかし一方で、先日の記事でも取り上げたように、『たまこまーけっと』において、まるで自分こそが駄肉の象徴であると言わんばかりの「豚のような鳥」が縦横無尽に飛び回っている姿を見るにつけ

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同一クールに「ササミさん」や「カシワ崎星奈」が存在しているのはどうしても偶然だとは思えません。(なお、「肉ちゃん」と名付けられたウサギに関して、昔からウサギは「鳥」とオナじように「一羽、二羽……」と数えるということを指摘しておきます。)
なので、決して新しいヒロイン像というわけではありませんが、「駄肉」というキーワードの登場と、われわれ自身の「ブヒる」から「シコる」へのパラダイムシフトによる「養豚場」のリノベーションによって、ようやく体系(体型)として表面化してきた「駄肉系ヒロイン」を、今後とも注意深く見守っていく必要があるのではないでしょうか。

いつの頃からか、女性に対して興味を示さない男のことを「草食系」などと呼んで蔑視するようになりました。これは主に女性の側から言われる言葉ですが、われわれは今こそ声を大にして反論しなければなりません。

われわれは決して草食になったのではない!「貧乳はステータスだ」などと甘えた戯言を抜かし、ダイエットだのデトックスだのと言って駄肉をそぎ落としていったのは君たちのほうじゃないか!食うべき駄肉も提供せず、よくもぬけぬけと草食などと言えたものだ!もっと油物を食え!デザートを躊躇するな!食ったらすぐ寝ろ!食物繊維など摂らなくていい!ハイ(ル)カロリー!

というわけで、そうですね、駄肉系ヒロインの台頭は、われわれの悲願であったのと同時に、世論への反逆の狼煙でもあるのかもしれません。

以上。
ちなみに今日の晩ご飯は野菜カレーとトマトサラダでした。








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劇的ビフォーアフター 『便所のない家』   2013.01.20


前回の更新で取り上げた、『たまこまーけっと』第二話における「チョコの家」の提案図面ですが、便所および浴室の有無や、投影図の整合性の他にも、色々と見えてきたものがあるので、わーっと羅列します。

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まず一階「D面」の掃き出し窓。平面図では間口がかなり広い設計になっていますが、立面図では二枚ガラスの引き違いで描かれています。このサイズの二枚引き違いはちょっとあり得ません……ということよりもそもそも平面図と立面図で明らかにサイズが一致していないことのほうが問題なわけですが。
それから、階段の向かって右側にある謎の隙間。完全なデッドスペースになっていて凄く気持ち悪いですね。
あと、通し柱の位置が一階と二階でズレていたり(具体的には、二階子供室の間仕切りと一階玄関の壁とか、寝室と階段の間仕切りの部分とか)、子供室クローゼットの建具のおさまりが変だったり(左右対称にしたかったのでしょうが、引き違いの建具は右手が前側に来るのが原則)、寝室への入り口のドアと開口部のサイズが合ってなかったりとか、そういう気持ち悪い部分がいろいろあります。


で、そのあたり諸々を修正して、ある程度リアルなおさまりの平面図をカイてみました。寸法は元の絵の家具や開口の大きさと、一般的な住宅のモジュールからあたりをつけています。

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なんということでしょう。全体的にモジュールがめちゃくちゃで家具類のおさまりが無茶だった家が、見事にピッタリおさまりました。
D面一階の掃き出しは二枚引き違いの二連(風の)開口にして間に柱を一本通します。
階段横のデッドスペースは消し去って壁付けにして、ついでに玄関には床面への立ち上がりのラインをカキ足しました。玄関って普通は床から一段下がってますよね。
それから玄関ドアは元の絵では大開口の片開きっぽくなっていますが、左右非対称の両開きタイプにしました。よく目にする型だと思います。理由は、人が通るところをできるだけ図面の上側にしないと階段で頭打ちになるからです。
あとは階段を寄せた分寝室を広げてダブルベッドのサイズを適切なものにしています。(元の絵ではダブルベッドとして使うにはちょっと狭かった。)
まあそんな感じでしょうか。

なお、前回の記事で指摘した謎空間(元の絵の「a」「b」の場所)に便所とお風呂をレイアウトするとこんな感じになります。

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なんということでしょう。便所もお風呂もない家が、人が住むにじゅうぶん耐え得るものに進化しました。
おさまり的にはピッタリだと思います。
問題は、この案だとキッチン・便所の縦の繋がりに対して、お風呂が離れすぎている点ですね。水廻りを一箇所に集めなければならない、などというのは頑なに守る必要もありませんが、その分やっぱりコストが高くなるのと、動線的に不自由だとは思います。ちなみに浴室の右側、階段との間にちょろっとカキ足してるのは洗面所です。
図面にはカイてませんが、全体的に収納が少ないので、階段下を段下収納にするとよいでしょう。


さすがに立面図をカク余力がなかったので平面だけですが、自分でカイてみて分かったのは、この程度の図面をカクのに寝不足になるようでは大工の道はまだまだ険しいということです。

以上。


2013年冬期新作アニメレビュー 『まおゆう/たまこまーけっと』   2013.01.18

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック Tag [] [便所論壇]

レビューします。

・まおゆう魔王勇者

『鬼作』シリーズや『そらのいろ、みずのいろ』でオナじみの高橋丈夫監督によるド直球ファンタジーアニメですね。

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某爆乳バトルニンジャアニメもアンダーガイオンの最下層に置き去りにしてしまうほどの実際デカイおっぱいに、われわれは失禁せずにいられません。オチチ・リアリティショック!
そんな魔王さまでありますが、彼女の魅力はそのホーマンな魔乳だけではありません。第二話における次のシーンを振り返ってみましょう。

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ここでは、勇者が魔王さまにヒザ・マクラしてもらうという大変うらやましい場面が描かれておりますが、その際、魔王さまは少しの恥じらいとともに奥ゆかしい言葉を述べます。

「太すぎないか?」

対して、勇者はというと、いいですか、「太すぎないか?」という質問に対してですよ、こう答えます。

「寝心地いいぞ」

ここで魔王さまが「太すぎる」かもしれないと案じているのは、素直に考えればフトモモであると言えるでしょう。
そのフトモモが「太すぎないか?」という質問に対して、勇者の「寝心地いいぞ」という回答には、少々の違和感を覚えてしまいます。「太すぎないか?」と聞かれた場合、普通であれば「太すぎる」「太すぎることはない」「多少は太い」「もっと太れ」などの回答が考えられますが、そうではなく「寝心地いいぞ」と答えた。
これは――われわれの意思/希望に反して――世の多くの女性が「太すぎること=悪いこと」であると考えており、恐らくありのまま「太すぎる」と答えたら気分を害する、あるいは怒りに触れる可能性があったため、その件に関する言及を避けお茶を濁すためのシンシ的配慮によるものと思われます。
つまり、魔王さまのフトモモは実際太すぎるのであると。
あるいは、フトモモが太すぎる女性は往々にして別の箇所も太すぎるきらいがあり、それが正だとすると、例えばヒザ・マクラの姿勢によってもしかしたら接触するかもしれない腹肉であったり、下から見上げて初めて分かる二の腕のたるみであったり、そうした部分も含めてのことかもしれません。
それらのことは、公式サイトを覗いてみても

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「油断しきったグラマラスボディ」「“プニプニ”のお肉を気にしている」との記述によって示唆されておりました。
この公式サイトでのコメントが、先述の「太すぎないか?」に対する「寝心地いいぞ」という「否定を伴わない答え(=消極的肯定)」によって強化されたわけです。
そしてそれこそが、その実際巨大なオチチ以上にわれわれの無防備股間に訴えかけてくる魔王さまの魅力であり、また、それは「巨乳の女は多くの場合他の部分も巨大である」というゲンジツ的なオンナ・リアリティであり、某女性声優の肉増し芸にいよいよ時代が追いついた、ということでもあります。タケタツ・リアリティショック!
魔王さまは、某女性声優の肉が増量されるたびに「もっと食えもっと太れ」と呪念を送り続けているわれわれにとって正に理想的なヒロインであり、それはきっと世界の理でもあります。

また、「寝心地いいぞ」という発言自体は、先に述べたとおり、魔王さまの奥ゆかしい心理を慮ってのものであると考えられますが、それにしても、実際に寝心地がよくなければ咄嗟には出てこないでしょうから、魔王さまのフトモモは太すぎることが否定されない程度の太さであると同時に本当に寝心地がよいものなのでしょう。
そして、寝心地がよいということは、人間の三大欲求の一つである「睡眠欲」をじゅうぶんに満たしてくれるものであると思われます。睡眠欲求をじゅうぶんに満たしてくれる存在といえば、例えばフカフカのお布団であったり、ポカポカのコタツであったり、プニプニのタケタツなんかが思い浮かびますが、フカフカのお布団やポカポカのコタツは、いつの時代もわれわれの心を掴んで離さない魔性を秘めています。フカフカのお布団、好きですよね?
つまり、魔王さまの太すぎることが否定されない程度の太さのフトモモは、フカフカのお布団と同等の存在であり、ポカポカのコタツとオナじぐらいにわれわれを魅了して止まないものだということです。
それはきっとヒザ・マクラだけでなく、その油断しきったグラマラスボディはダキ・マクラとしても有用に機能するはずですし、「女の子の身体=ダキ・マクラ」であるという発想が既に一般的なものであるという事実は、販売している期間より完売している期間の方が長いのではないかと疑わしい人気魔法少女が証明してもいます。
そうすると、今度は次の発言が重みを増してきます。ヒザ・マクラをする少し前です。

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「勇者、隣……来ないか?この角度があたたかくて気持ちよいのだ」

先述したように、女性の身体とはダキ・マクラとイコールであり、また、ダキ・マクラにオナ・ホールをセッティングして出し挿れを繰り返したり、ザメンをぶっかけたりする行為はシンシの嗜みとして普遍的なものであります。したがって、魔王さまの言う「あたたかくて気持ちよい角度」というのは、挿入するのに適した角度であると考えられます。
それが、「隣」であると。つまり、魔王さまの、ダキ・マクラとして最適化された身体に挿入するにあたっては、隣へのポジショニング、すなわち「側位」がもっともあたたかくて気持ちよいのであると。
この発言は、魔王さまの「あたたかくて気持ちよい角度」を教示するものであると同時に、自身の身体にダキ・マクラとしての有用性を期待されていると自覚している証左でもあります。
そしてそれらのことは、われわれにとって「オカズ」としての有用性にも繋がってくるものであると考えているのですが、そのあたりの話はまたの機会にしておきましょう。今はまず、魔王さまの太すぎることが否定されない程度の太さのフトモモと、あたたかくて気持ちよい角度の効能を追求することがよいのだと思われます。

ところで、今期はもう一人、タケタツ的アトモスフィアを纏った良質の「肉」が存在しますね。彼女の活躍にも期待したいところであります。



・たまこまーけっと

第一話の「あの娘はかわいいもち屋の娘」というタイトルは結構気に入っていて、「かわいい」はもちろん「もち屋」に掛かっており、それはすなわちあのもち屋のおっさんが「かわいい」存在であると述べているわけで、実際もち屋のおっさん二人(もち蔵の親父含め)は些細なことで喧嘩しちゃうも喧嘩するほど仲がいいツンデレ的な「かわいい」ものとして描かれていて、これからおっさんになっていく身としてはやはり山田尚子監督のような美人から「かわいい」と持て囃されたいわけです。これが「あの娘はkawaii原宿のHollaback Girl」とかだったらもう金だけ絞られて肝心なところで寸止めされそうな感じでツラいです。

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まあそんな話はどうでもよくてですね、鳥ですよ鳥。
ところでこの鳥、太すぎないか?

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この丸々と太った、明らかに太すぎる鳥は、ダキ・マクラにしてみたらさぞかし寝心地もよいことでしょうが

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かわいいもち屋には当然多くの「もち米」が常備されているでしょうし、そうであれば、この太すぎる鳥の行く末といえば……


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ja.wikipedia.org/wiki/サムゲタン
蔘鷄湯(サムゲタン)は 韓国のスープ料理である。 鶏肉に高麗人参、鹿茸、ファンギ(牙なおぎ)などの漢方ともち米、くるみ、松の実、ニンニクなどを入れて煮込んだポシン(補身)料理、つまり滋養食である。


まあそんな話はどうでもよくてですね、問題となるのはこちらも第二話、大工娘がプレゼンテーションした「チョコの家」の図面であります。

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平面図と投影図が描かれておりますが、さて、どこにも便所が見当たりません。便所だけでなく、お風呂場もありませんよね。
これは果たしてどういうことか、キッチンやベッドルームはある程度詳細に描かれているのに、です。
考えられる可能性は三つあります。

1.大工娘の家には便所がなく、排泄物は垂れ流しである(中世ヨーロッパスタイル)
2.この世界には便所という概念がない(ファンタジースタイル)
3.ただ単にめんどくさかっただけ(ズボラ)

最も可能性が高いのは「3」でしょうか。最も考えたくない可能性は「2」ですね。「1」に関しては、決定的な描写がなければ確定不可能なので一先ず置いておきます。
さて、この三つの可能性のうち、いちばん悲劇的な「2.この世界には便所という概念がない」を消し去るための作業をおこないます。すなわち、「3.ただ単にめんどくさかっただけ」であるというのを確実なものとしたいのです。そうしないと不安で安眠できません。

まず、見やすくするために図面を回転して、いろいろカキ込みました。大文字アルファベットは平面図と投影図のそれぞれの面の対応を示しています。玄関および掃き出し窓の位置から推定できます。(※ただし、この図面にはミスがあり、投影図(下の方)のC面とD面が反転しています。C面-D面の投影図を描こうと思ったら、C面が向かって左側に来なければなりません。まあ瑣末なことなのでとりあえず無視します。)

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結論から言いますと、小文字「a」「b」で示した空間が便所であると考えられます。
理由は、「a」に関しては、「A」の面にある窓の形状が、例えば寝室にあるような左右引き違いの窓ではなく、上下の上げ下げ窓である点。これは、このタイプの窓が便所や浴室でよく使用されることから考えられる可能性です。
また、平面図を見て分かる通り、aの空間にはリビングとの間仕切りが存在します。これはこの空間がリビングとは切り離されるべき場所、隔離されるべき場所であるからだと考えられ、それは便所である可能性が高い。
便所にしては明らかに広すぎるので、この空間には浴室もセットになると見るのが妥当でしょうか。
次いで、「b」の空間。ここは、子供室を隔てる「廊下」のような空間になっておりますが、突き当りに物置があるとか、サンルームになっているとか、そういったことはなく、完全にデッドスペースになってしまっています。サイズ的にも便所にピッタリな空間ですし(W910mm×D1820mm、つまり畳一枚分が一般的な家庭の便所のサイズ)、その便所の外壁(「C」面)にでっかいハートマークが付くなんて、とても素敵です。

以上のことから、「a」ないし「b」が便所のために用意された空間だと言えます。したがって、「空間が用意されている」ということから、「この世界には便所という概念がない」に異を唱えることができるわけです。
もっとも、建具が描かれていないという点に関しては今後とも注意深く見守っていく必要があるでしょう。というか一見して「便所がない」と判断されるのはそこなんですよね。子供部屋のクローゼットなんかは結構細かくカキ込まれているにも関わらず、です。
カリに「a」ないし「b」が便所のための空間だとしたら、この大工娘の家庭がよほどオープンな家風なのか、はたまた大工娘のクリエイティビティがわれわれの想像を遥かに超える高みに達しているのか。何にせよあまりにも大胆なデザインだと思います。行き過ぎたポストモダニズム、ディコンストラクションの末路。
この図面については追々ですがもうちょっと色々考えたいですね。

という具合に、今のところ目立った便所描写の見られない作品でありますが、便所を見せずしてその存在を考えさせる、きわめて高度なアニメでした。
今後は、玩具屋娘の扱う玩具問題にも注目していきたく思います。

以上。
次回は『ささみさん』における陰毛問題に関してです。






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