水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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STAR DRIVERとCLANNADを接続するための電波   2010.12.14



日曜の夕方5時という極めて健康的な時間帯に放映されている深夜アニメ「STAR DRIVER 輝きのタクト」と、2007年から2009年にかけて放映された「CLANNAD/CLANNAD AS」を繋げてみようという話です。

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ことの発端は第10話、「野球」の回でした。
(いや、伏線はもっと前からあったのですがそれは後ほど)

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この、男女が集団で棒やタマを弄り回す(しかも野外で)という性交類似行為を、不当に賛美しまたは誇張するように描写すること自体は、最近のアニメ作品では「バンド」と並ぶ鉄板イベントとして定着しています。
(例えば直近では「イカ娘」なんかでも原作では「バドミントン」であったのを改変してまで描かれましたし、京アニで言えば「ハルヒ」の時点で既に描かれていましたよね。確かに、魅力的な青少年が棒やタマを巧みに操って手慰みする様は壮観なものがあります。)

件の「CLANNAD」においては、第二期の一話などで描かれました。

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もちろん、棒やタマを集団で弄り回すエクストリームスポーツが描かれた程度で「CLANNAD」との繋がりを指摘してまうのは早漏、もとい、尚早というものでしょう。
我々はもっと以前の伏線、すなわち「演劇部」の方にも目を向けなければなりません。

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タクト様が入部した「演劇部」が、まさか「CLANNAD」における「演劇部」と繋がっているなどとは当初は思いもしませんでしたし、「野球」「演劇部」というたった二つのキーワードだけでこれらの作品を繋げてしまうのは少々強引にすぎるでしょう。

しかし、今週放映の第11話において、我々はとんでもない光景を目の当たりにします。
そう、スガタ君の「一人芝居」ですね。

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この「一人芝居」描写に、我々はCLANNAD第一期のラストで描かれた「渚の一人芝居」を幻視せずにはいられません。

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(※両作品における「演劇」とは「艶劇」であり、「一人芝居」とは「一人性交類似行為」の隠喩に他ならないなどという意味のよく分からない指摘は今は黙殺します)


「スガタの一人芝居=渚の一人芝居」というラインが浮かび上がることによって、ついに我々は「スタドラ―クラナド」という繋がりを明確に意識することとなるのです。

そうなってくると、\綺羅星☆/は言わずもがな、そも作品全体の象徴でもあり、タクト様のTシャツにも描かれている「☆」なんかは

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実は「星」ではなく「ヒトデ」なのではないかと疑いの眼差しを向けてしまいもするでしょう。

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また、スタドラにおける「ゼロ時間」および「サイバディ」の存在を、CLANNADでの「幻想世界」と「ガラクタ人形」に見間違える視聴者が出てきたとしても何ら不思議ではありません。

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目下のところの問題としてはやはり、「団子」がいつ出てくるのか、といったあたりでしょうか。

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今のところはゼロ時間を漂う「球体桟敷」であったり

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サカナちゃんやヘッドが口に含んではペロペロしていた飴(のような何か)だとか

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あるいは、「銀河美少年」という最重要キーワードを考えると、そもそもこの作品では「団子」が「男子」に置き換えられている、という指摘もあるかもしれません。

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今日もやられやく――『STAR DRIVER 輝きのタクト』変身バンクシーンでタクトの玉袋っぽいのが見えてるんだけど

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(個人的な予想としては今後もっと的確な形で「団子」描写がなされるのではないかと思っておりますが。)


何れにせよ、こうして「CLANNAD」という文脈を重ねることで、これまで我々が見てきたものとは別のシナリオが見えてくる可能性は決して否定できません。――例えば、CLANNADはあるベクトルに向けた性的な読解が可能であり、CLANNADと繋がっているスタドラも同様のベクトルで解釈することが可能、といったストーリーも既に用意は出来ているわけですが、そこを語ろうとすると今度はCLANNADを一から語らなければならなくなるため、今は割愛しておきます――CLANNADとスタドラの接続から何を見出すか、ここから先は読者諸兄の手に委ねておきますが、個人的にはやはり、団子の登場とともに、タクト様による「フラグ三本折り」なんかにも期待しつつ、2クール目も楽しみにしたく思います。

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以上、誰がみても一つの解釈しか出来ないであろうアニメ作品のレビューでした。





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パンツはどこへ消えた? 『それでも町は廻っている 第8話』   2010.12.01


ごきげんよう。
「それ町」の第8話が非常に興味深い内容だったので急遽執筆することにしました。
あ、タイトルに特に意味はありません。

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簡単に流れをまとめると、雨に打たれた歩鳥たちが、たまたまコインランドリーに辿り着き、そこで衣服を乾かし、うどんなどを食す、という他愛もない日常の一コマなわけでありますが

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さて、この時、いくつかの重要なカットが挿入されます。
言わずもがな、「誰かの」パンツやブラですね。

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この「誰かの」パンツやブラは、最後の「オチ」としてさんま師匠のものであることが判明するわけですが……

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(※ドラム式の乾燥機で見事に視聴者を騙したさんま師匠が、Bパートではドラムの件で騙されるという構成はなかなかクールなジョークでしたがそのあたりは別件で。)


この、乾燥中だったパンツたち、果たして誰のものだったのでしょうか。

もちろん、「オチを見た」我々はこれらがさんま師匠のものだったと知っています。
しかし、それまでの段階では「誰のものか分からない」状態でしたよね。

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つまり、この時、乾燥機の中のパンツは
1.歩鳥たちのもの
2.他の誰かのもの
という二つの状態が1:1で重なり合っていたわけです。

もちろん、「下着が濡れたままで気持ち悪い」「これ(乾燥機の中の下着)借りちゃう?」といった発言などから、乾燥機の中のパンツは歩鳥たちのものではないということが容易に推測されます。
衣服を乾燥機に放り込むシーンでも、通常一番上に来るはずのパンツやブラは描写されませんでしたし

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乾燥中の衣服の中にも下着類は確認できなかった。

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しかしその一方で、乾燥機の中で回転していたカラフルなパンツやブラは、実際には「五種類」あるにも関わらず、一瞬見ただけだと「赤」「青」「黄色」の三種類しかないように錯覚を起こします。

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キャプチャの静止画だとこの通り、五種類がちゃんと確認できますが、動画だとどうでしょうか。
実は、これがこの話の悪質なところなんですね。
五種類のパンツやブラの内の二種類は同じ「赤」系統で、もう一種類は「黒」という極めて目立ちにくい色をしています。
それが、回転という「動き」を与えられ、なおかつほんの数瞬だけ挟まれるカットとなれば、「パンツやブラは三種類=歩鳥たちは今パンツはいてない」と錯覚してしまっても何ら不思議ではありません。
(というかそういうふうにミスリードするための演出で、だからこそ「オチ」が際立つのだと確信しています。)

普通に考えたら時間軸的にもそれまでの会話的にも描写的にも、これらのパンツが歩鳥たちのものであるわけがない、という結論は簡単に導き出されるにも関わらず、光や影、他の物質による過剰なまでの「規制」や、サブリミナル的に挿入されるカラフルパンツによって、我々はいつの間にか「このパンツたちは歩鳥たちのものだ、よって歩鳥たちは今パンツはいてない」とミスリードされてしまうのです。
(昨今では「はいているパンツはダメだけどパンツそのものであれば映してオッケー」というパンツ描写がにわかに濫用されていることも決して無関係ではないでしょう。というか今となってはそれに対する皮肉なのではないかとすら思えます。そういう意味でも、このミスリードの手法そのものが高く評価できます。)

こうして、周到に用意された演出効果によって、乾燥機の中のパンツには「歩鳥たちのものであるという可能性」が付与されるのです。


では、これら、ミスリードも含めた「可能性」及び「オチ」を含めた上でもう一度見てみると、歩鳥たちがうどんを啜っている間、パンツたちは次のような状態にあります。

1.乾燥機の中のパンツは歩鳥たちのもの
2.乾燥機の中のパンツはさんま師匠のもの
3.乾燥機の中のパンツは全然関係ない誰かのもの
4.乾燥機の中に関係なく歩鳥たちは最初からパンツはいてない

これらの可能性が全て1:1で重なり合っている状態と言えますよね。
最終的には「2」が正解だったわけですが、それはあくまで結果論でしかありません。

ここで重要なのは、どれが正解か、ではなく、「どこで正解が確定したか」です。
例えば、「1」に関しては、(ミスリードに引っ掛かったかはともかく)実際にはかなり初期の段階から削除されていることが分かります。
歩鳥たちのセリフや描写によって「1の可能性の削除」が「認識」できるのです。
この段階で、パンツたちの「可能性」は

2.乾燥機の中のパンツはさんま師匠のもの
3.全然関係ない誰かのもの
4.歩鳥たちは最初からパンツはいてない

という三つに絞られます。
しかし、これら三つの解答のうち、「2」に確定する瞬間はどこにあったのか、他の可能性がどこで削除されたのか、そういったことが判明していないのです。
これらの解答を導き出すのは決して容易なことではありません。
なぜならば、描写がされない以上、我々は推測に頼るしかないからです。

ではここで、一つの推測を提示します。
あくまで数ある可能性の内の一つです。

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お分かりでしょうか。
つまり、アバンで示唆的に語られた、モニュメント、「過去の遺物」です。
「過去を動かすと未来が変わる」というのはSFなどでよく目にする光景ですよね。

このコインランドリーにおいては、「うどん」や「ハンバーガー」の自販機が「過去の遺物」として設置されていました。

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これらのモニュメントを起動したことによって因果律が変動し、「誰かのパンツ」が「さんま師匠のパンツ」に確定されたのだと推測します。

あるいは、うどん自販機のトビラを開けた瞬間かもしれませんし

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ハンバーガーのフタを開けた瞬間かもしれない。

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正確にどこのタイミングで因果律が変わったのかは断言は出来ません。
しかし、何れにせよ、「過去の遺物」が再起動したことにより、何らかの因果が働いたというのは一定の信頼を得られるのではないでしょうか。
過去の変動が未来のパンツを変動させる、ロマン溢れる素晴らしい演出ですよね。

もちろん、前述したように、あくまで数ある推測の内の一つにすぎません。
何を信じるかはあなた次第なのです。

そして、残る最後の一つの可能性――4.乾燥機の中に関係なく歩鳥たちは最初からパンツはいてない――この可能性に賭けてみたい気持ちは誰もが持っているでしょう。

歩鳥の「下着が濡れてて気持ち悪い」という旨の発言も、モニュメントを起動し、因果の改変が行われたとなれば、あるいは……







※特別付録―紺先輩のギリギリ限界セクシーグラビア―

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いや、特に意味はないんですがなんとなく好きな構図だったので。
ではっ。













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七つの大罪、あるいは食事のこと『アマガミSS』   2010.11.27



いよいよ最終章に入った「アマガミSS」の話です。

今期随一の紳士アニメであるところのアマガミSSの、各ヒロイン(みゃーを含む)が、実はキリスト教の「七つの大罪」に対応しているのではないかという電波を不幸にも受信してしまい、受信した以上は書かざるを得ないだろうということで筆を取らせていただいた次第です。

※七つの大罪
「七つの大罪」は罪悪そのものではなく、人間を罪に導く要因たりえる感情や特性、欲望であると考えられた。ここで言う罪悪とはキリスト教概念における「罪(sin)」であり、一般的な罪とは異なる。
-ニコニコ大百科より-


なるほど罪そのもではなく「欲望」であるわけですね。
七つの内訳を見てみると「大食(暴食)」「強欲(貪欲)」「怠惰(堕落)」「嫉妬(羨望)」「色欲(淫蕩)」「高慢(傲慢)」「憤怒(激情)」とあります。
では、その中でどの項目が誰にあてはまるのか、早速確認していきます。


・大食(暴食):桜井梨穂子

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これは分かりやすいですね。
梨穂子編は全体的に「ダイエット」という、「食事」と密接な関係のある行為がテーマになっていましたし、実際にはダイエットなどと抜かしつつも見ているこっちが吐き気を催すほどお菓子や甘いものやスイーツを食い散らかしていました。
これだけ美味しそうに食べてくれる相手になら喜んで財布の紐も緩めますよね。
孫にやたらとお菓子を食べさせたがるお婆ちゃんの気持ちが分かるような気も。


・強欲(貪欲):中多紗江

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一見気弱そうでおとなしそうで「欲望」などとは無縁に見えて、実際には誰よりも貪欲な思考の持ち主でした。
そうであればこそ、気が触れてるとしか思えない橘さんの「指示」にも忠実に従い、あまつさえ「教官」などと呼び慕っていたわけですね。
もちろんそこには、自分を変えたいという貪欲な姿勢とともに、橘紳士を教官と呼ぶことで、「誰かの所有物になりたい」というドM精神剥き出しの欲求が潜んでいたことは指摘するまでもないでしょう。


・怠惰(堕落):棚町薫

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第一話の「アクユウ」というタイトルにしてもそうですし、中学時代からの幼なじみという怠惰な関係が主なテーマになっていました。
幼なじみは甘え。
また、主人公との関係性だけでなく、棚町さん自身も男勝りで大雑把な、「怠惰」を思わせる人物として描かれていました。
あるいは、平気でパンツを見せつけたり、「おヘソ」へのペロペロを躊躇なく受け入れるあたりからも、性的な堕落を感じてしまいます。


・嫉妬(羨望):橘美也

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この作品の正ヒロインであることころのみゃーは、多くの場面で「嫉妬」を見せています。
今期の他の作品で言えば「ヨスガノソラ」の穹ちゃんなんかもそうですが、ループするセカイ(正確にはパラレルワールド)において、唯一常に主人公の側にいる」特権を与えられつつも、逆に、「常に主人公と他の女のイチャイチャを見せつけられる」という不遇な立ち位置を押し付けられる妹ポジション。
妹の歴史は嫉妬の歴史なのです。
(それにしてもアスミスの不遇ぶりは一度論じる必要がありそうな気がします)


・色欲(淫蕩):森島はるか

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原点にして聖典であり性典。
多くの男を無自覚に誘惑し、橘さんを完全に犬扱いするのみならず、「膝裏」などといった誰もがドン引きしそうなフェティシズムに疑問を持たないというところに性的な意味での罪深さを感じずにいられません。
そもそも年上のお姉さんという時点で既にエロいですし、その女王ぶりは我々にとって大きな希望となりました。
参照:夏期新作アニメレビュー(1) ~鬼畜調教アニメ誕生~ 『アマガミSS 第一話』


・高慢(傲慢):絢辻詞

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黒つj絢辻編がまだ未完結のため多くを語ることはできませんが、ウィキペや原作のイベントCGを見る限りにおいて「高慢」に該当するのは絢辻さんしかいないと確信しております。
「仮面優等生」という言葉に惹かれない男はいないでしょうね。


・憤怒(激情):七咲逢

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七咲は最初から怒っていました。
第一話のサブタイトルからして「サイアク」でしたし、橘さんのデリカシーのない言動には度々怒りを顕にしていましたよね。(憤怒というよりは唖然とか呆然と言った方が適切な気はしますが)
水泳部での一悶着なんかも彼女のどうしようもない憤りを的確に表現していました。
もっとも、「憤怒」よりも別解釈の「激情」の方がより彼女の本質を表していると言えます。
デレてからの彼女の激情は他のヒロインとは明らかに一線を画していました。
でなければ全裸で混浴はないですよね。
全編通して最も感情の動きが大きかったのではないでしょうか。


さて、こうしてみるとアマガミという作品が、人間の欲望を丸裸にした、「痛いところを突いてくる」作品であるというのがよく分かりますね。
その一方で、ただ単に欲望を描くだけでなく、例えば棚町編の「怠惰(な関係)→関係の進展」であったり、七咲編の「憤怒→デレ」だとか、桜井編「大食→ダイエット」といったような、欲望の否定(脱却)が描かれてもいたりと、改めてこの作品の奥深さを感じてしまいもします。

また、これら七大罪の中心核、主人公であるところの橘さんに至っては、全ての欲望を受け入れるのみならず、自らも欲望の体現者であるという点を特筆せずにはいられません。
あらゆる「罪」を内包した存在、川上稔的に言えば「全竜」、それが橘さん。
彼のポテンシャルの高さは我々も見習うべきであると共に、でも絶対あんな風にはなりたくはないと微妙に矛盾した気持ちを抱かされますよね。


と、以上がアマガミにおける「七つの大罪」の話でした。
ここからは七大罪に関連しているのかいないのか、この作品においてしばしば目にする「食事」に関しての話題です。

・性欲と食欲の関係

このアマガミという作品は、「性」と同様に「食」が大きくクローズアップされています。
とにかくよく食べる。

例えば、森島編では「緊縛ラーメンプレイ」が行われていましたし

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棚町編では「ファミレス」が重要な舞台になっていたり

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中多編なんかはそもそも出会いが「食堂」でしたし

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七咲編においては「ラーメン」に変身するわ「おでん」を頬張るわ

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桜井編に至ってはもはや言わずもがな

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(俺の)みゃーは常に「マン◯肉まん」を欲してもいるでしょう

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ほんとによく食べるアニメですよね。
上記のような主だったシーン以外では、お弁当を広げているシーンやお菓子をボリボリ頬張っているシーンなんかは「アマガミのあるある」になりそうなぐらいの頻度で描かれています。

さて、これら「食」に関するシーンの中で、特に重要なのは森島編と七咲編で描かれた「ラーメン」でしょうか。
この二つのラーメンは、「食」であると同時に「性」の要素も含んでいます。
(森島ラーメンは「プレイ」であり七咲ラーメンは橘さんの性的欲求の表出)
もちろんこれらの性―食の繋がりは、「女を食う」という表現に繋がっていますし、そもそも作品タイトルの「アマガミ=アマ噛み」からして「咀嚼=食事」をイメージさせもします。
また、「アマガミ=尼(海女)噛み」という解釈も可能なわけですから、「女を食う」という表現にも合致しますよね。

これだけの要素が表沙汰になってしまえば、この作品における「食事」とは「性行為」に他ならないのではないかという結論に至ってしまったことを誰も責めることなど出来ないでしょうし、新しく始まった絢辻編では一体どんな卑猥な「食事」風景が描かれるのかと期待してしまっても何ら不自然ではありません。
(あるいは、桜井編なんかは、他の編とは違い「橘さんが女を食う(食ったであろう)」描写がなされず、「俺たちの戦いはこれからだ」エンドで描かれましたが、このことも、桜井編のテーマが「ダイエット」即ち、「食うことを我慢する」というものであったことを考えると、極めて妥当な結果だったと言えますよね。)

何にせよ、これでもかと言うほど大量に散りばめられた「食事」風景に、我々は何かしらの性的な隠喩を読み取らずにはいられませんし、下手をすると既に、我々は女性が食事する光景を見ただけで性的な興奮を覚えるように洗脳されている可能性も捨てきれなくなってきます。
これは恐ろしくもあり喜ばしい事態でもありますが、何れにせよ、今はただ絢辻編での不健全な「食描写」を刮目しておきましょう。

(どうでもいいですが人間の「三大欲求」として「食事・睡眠・セックス」が挙げられますよね。そして前述のように性行為のことを「女を食う(男を食う)」と表現することもあれば、「女と寝る(男と寝る)」と表現することもあります。
そうなってくるともはや人間の三大欲求とは実は「セックス・オナニー・ペロペロ」とかなんかそういうのではないのかと思ってもしまいますが特に間違ってないような気がして困っています。)

以上。














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