水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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非実在青少年に対するみだりな規制に対して我々がすべきこと~近年のパンツ表現を振り返って~   2010.03.14

数日前、我々の元に爆笑モノの恐るべきニュースが飛び込んできました。



東京都「顔や声が18歳以上に見えない二次元キャラを『非実在青少年』と定義して規制する」

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1429873.html



東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト

http://mitb.bufsiz.jp/



規制反対派:保坂展人議員のブログ

http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/1dc69866b2b3b5c69eea9edb1269327a





まあ、こうした記事の数々を紹介するまでもなく、今東京で、ひいては日本全土で巻き起こっている“規制議論”に関しては皆さんもご存知のことでしょう。

非実在青少年という言葉が斬新すぎて何か変なツボに入ってしまい、この言葉を見る度に爆笑してしまう、という個人的な問題は置いておくとして、こうした“規制”の流れは何も今に始まったことではございません。

例えば昨年なんかも、某凌辱ゲームの海外流出に端を発した“凌辱規制騒動”が起こりましたし、また、近年は様々な媒体・コミュニティで“児童ポルノ規制強化議論”が頻繁に取りざたされています。

もっとも、こうした動きすら“つい最近”のもので、過去に遡り始めたらキリがないほど大昔から“規制の流れ”は寄せては返す波のように繰り返されているんですよね。


こうした中、我々に出来ること、いや、すべきことは何なのか、果たして本当に「声を荒げて反発する」だけでよいのか、所謂“世間一般”の誰の耳にも届かない屁理屈を並べ立てることで本当に事態が解決するのか、そういったあたりを少し考えてみたく思います。




というわけで、「デスクトップ¥パンツ画像フォルダ」の中に眠る数少ない在庫から選りすぐりのパンツを並べ立ててみましょう。




○アナザーパンツ


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aaa

※ストライクウィッチーズ(2008年/監督:高村和宏、原案:島田フミカネ)


「パンツじゃないから恥ずかしくない」という名言を生み出した革新的なコスチュームが話題となったことは読者諸兄も記憶に新しいことでしょう。

そもそもパンツとは何なのかという根本的な問題を我々に提示してくれました。




○インビジブルパンツ


ttt

fff

※咲-Saki-(2009年/監督:小野学、総作画監督:佐々木政勝)


上記のストライクウィッチ―ズと同じGONZO制作のこの作品は外せないでしょう。

「そもそもパンツを描かなければオッケー」という、もはや開き直り以外の何ものでもない斬新な“パンツ描写”が話題となりました。

確かにその通りではありますよね。
パンツを描くのがダメだと言うならこの処置は仕方ありません。

まさにパンツ隠して尻隠さず。


(残念ながらマイPCに資料が保管されていませんでしたが、咲-Saki-の少し前に“屍姫”という作品で同様のインビジブルパンツが描かれていたことを追記しておきます)




○ビフォアーパンツ/アフターパンツ


ccc

eee

bbb

ddd

※かんなぎ(2008年/監督:山本寛、シリーズ構成:倉田英之)


この作品で描かれたのは、ナギ様がこれからはく予定のパンツ(上)と、今まではいていたパンツ(下)の二種類です。

即ち、はいているシーンを直接描くのではなく、パンツの“事前提示”と“事後提示”を行ったのですね。

つまり、「パンチラではなくパンツそのものであれば恥ずかしくないのではないか」という試みでした。




○サブリミナルパンツ


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iii

※けいおん!(2009年/監督:山田尚子、総作画監督:堀口悠紀子)


然るべき角度からならパンツが見えているであろう“状況”を提示した上で、直後にパンツ柄の“イメージ”を挿入するという手法ですね。

これは新房昭之監督・ひだまりスケッチにおいても同様の演出がなされていました。

パンツの形状は一切描かずにイメージのみで視聴者に“連想”を促すという、極めて重要なテクニックでした。




○プラシーボパンツ


ba

ppp

※(上) バカとテストと召喚獣(2010年/監督:大沼心、シリーズ構成:高山カツヒコ)
※(下) とある科学の超電磁砲(2010年/監督:長井龍雪、シリーズ構成:水上清資)


最新のパンツです。

この新しいパンツ表現は少し特殊なもので、過去のデータベースを参照することで効果を発揮します。
ずばり、新房昭之監督“化物語”の冒頭です。


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注目すべきは画面右下、パンツと共に描かれた“タイムカウント”ですね。

つまり、“化物語”での開き直り英断によって、我々は「タイムカウント=パンツ」という大きな“刷り込み”を得ることが出来たわけです。

そしてそれを踏まえた上で、上記の二枚の画像を見た時、そこに直接的なパンツなど描かれていなくとも、プラシーボ効果によって即座に「非実在パンツ」を見出すことが可能となりますよね。

規制の網をかいくぐり見事な決断力で描かれたパンツが後世にまで“偽薬”として受け継がれて行く。
なかなかに感慨深いものがあります。



また、このプラシーボパンツは、時としてその姿を変質させ、一個の生命として躍動します。




○フライングパンツ


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ss

※そらのおとしもの(2009年/監督:斎藤久、総作画監督:渡邊義弘)


これはパンツではなく“鳥”です


あくまで“鳥”なんです。



と、いうことは、逆に考えると…

例えば“あにゃまる探偵キルミンずぅ”で描かれた、カノン様が(パンツが見えそうな角度で)スカートをなびかせながら身を躍らせた直後に飛来する何ものかであったり


lll

mmm



“こばと”の周りをこれ見よがしに飛び交う何ものか、なんかは


kkk

nnn

ooo

jjj


果たして何を意味しているのでしょうね?







といった感じで、パンツフォルダの中から最近のものをいくつかピックアップしてみましたが、いかがだったでしょうか。

最近の作品を簡単に振り返っただけでも、実に様々な“規制回避パンツ”が描かれていますよね。


そして、ここで表題の規制問題へ。

俺は思うのです。
今我々がなすべきなのは、伝わりもしない無茶なロジックを組み立てることでも、ヒステリックに騒ぎ立てることでもなく、来る日に備えて「いかにして規制をかい潜ってパンツを描くか」という建設的な考察/議論を行うことではないでしょうか。

どれだけ騒いだところでどうせもう後には引けない状況になってるんだから無駄な体力を浪費せずに少しでも建設的な方向に頭を働かせた方がよいのではないか。

そう、思ってしまうのです。




そもそもですよ、“規制反対派”の意見にしたところで、はたから見てたら結構痛々しい屁理屈や綺麗事しか出てきていないわけですし、表現の自由だの何だのと綺麗な言葉で取り繕ったりしてる時点で既に“規制推進派”のロジックと大して変わらない気がするんですよね。


なのでここはいっそのこと、もっと正直に、そう、正直に、ストレートに、心からの本音として


オナニーの自由


これこそを訴えていくべきなのではないでしょうか。

「心身ともに健やかであるためにも日本国憲法でオナニーの自由を保障すべき」とか何とか、変に綺麗事で着飾るよりもよほど説得力がある気がするんですが。



と、話が逸れましたが、まあ要するにみんなもうちょっと冷静になろうぜ、といったあたりで。

確かに規制だの何だのと、息苦しい世の中になってきてはいますが、決して二次元の火が消えることはないと、俺たちの“想像力”まで規制出来るものならやってみろ、ぐらいの気持ちで力強く生きていくと共に、今後も非実在青少年をみだりに性的な目線で追いかけていきたく思います。


以上。
ありがとうございました。









お前のパンツは確かに俺の心を震わせた!『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第九話』   2010.03.08


空前のおしっこ回だった前回に続き、今回は空前絶後のパンツ回でしたね。


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「パンツがなければスク水を穿けばいいじゃない」などというのは軽いジャパニメーションジョークでありますが、何よりもこの第九話で提示された、おっぱいに見立てたカナタの指を吸うという一連のカットによって


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不自然なアングルから撮られたカナタのバストと共に


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あろうことかこの作品が、スタイリッシュ授乳アニメ“聖痕のクェイサー”との繋がりを持ってしまったという、俄かには信じ難い事実を突き付けられることとなりました。


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OP2.jpg




カナタの聖乳<ソーマ>を吸い取ったノエルちゃんは何と“クェイサー”だったわけですね。
タケミカヅチのクェイサー。


そして、この描写がなされる前には、しっかりとその伏線が張られていました。


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ノエルちゃんによって刺激されたダンゴ虫が固くなるという、一見すると他愛のない無邪気なシーンではありますが、何のことはない、ダンゴ虫とは上記の“授乳”シーンで固くなるであろう我々自身のことを示していたわけですね。

もちろん、その直前には、男性が持つ何かしらに酷似した形状のお芋さんが描かれてもいたわけですし


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そんなお芋さんが“生命の営み”に見立てられてもいたわけですから


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この一連のシーンが「男性の身体に付随する何ものかを弄くり回す少女たち」という、正視するに堪えない卑猥な場面であったことは誰しもが指摘するところでしょう。
こうした、変なベクトルに振り切れた開き直りっぷりからも“聖痕のクェイサー”へのリスペクトが感じられます。


話をパンツに戻すと、三人の髪の色とパンツの色とのコントラストには読者諸兄もお気付きのことでしょう。


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黒に近い茶髪←→白パンツ



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s9

黒髪←→白パンツ



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白(に近い灰色)髪←→黒パンツ




そしてこれが、“聖痕のクェイサー”における下着の色と同系統のコントラストであることにももちろんお気付きですよね。


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qu14

赤髪(暖色)←→水色(寒色)



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qu12

青髪(寒色)←→朱色(暖色)



パンツの色一つを取っても繋がりが垣間見えますよね。

また、この作品は軍隊というコミュニティにおける“疑似家族”モノとしての側面が強調されてもいるわけですが、“聖痕のクェイサー”においても、血の繋がらない他人同士が一つ屋根の下で食卓を囲む風景が頻繁に描かれていることを指摘しておけば、この作品と“聖痕のクェイサー”との繋がりを補強することが出来るでしょうし、加えて、脚本家吉野弘幸という名前を挙げておけば何にも増して説得力を持つことでしょう。




もっとも、こうしたソラノヲトにおける他作品へのインスパイアは今に始まったことではなく、視聴者の多くが指摘する通り、そのキャラデザや“音楽”というキーワードから“けいおん!”との繋がりを垣間見るばかりでなく、眼鏡巨乳・フィリシアなんかは、同じく“音楽”というキーワードで結ばれ、脚本家・吉野弘幸というラインで繋がれた“マクロスF”から出張してきた『遠藤綾』の名前を挙げておけば、“らき☆すた”のみwikiへと容易に辿り着くことが出来ます。


LS

(第一話に見た時点では「この眼鏡のお姉ちゃんは絶対にメインパーティーの中でハミ子にされる“5人目”に違いない!」などと予想していましたが、どうやらその予想は外れのようですね)


加えて、今回の下着姿タケミカヅチを操縦する雄姿でその魅力が倍率ドンさらに倍増したノエルちゃんなんかは、その名前からして「寒凪(かんなぎ) 乃絵留」と、ソラノヲトを制作するA-1 Picturesの過去作品“かんなぎ”へのセルフオマージュを匂わせてもいます。


また、この第九話で大量に描かれたパンツにしたところで、第一話の時点で既に


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パンツと共に、後にこの砦に居座ることとなる“鳥”が描かれていたわけですから、「パンツ×鳥」という勝利の方程式により、例のあの作品との繋がりを感じ取ることが可能となるでしょう。


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sora1



つまり、「ソ・ラ・ノ・ヲ・ト・シ・モ・ノ」で飛び立ったパンツは、野を越え山を越え、謎の戦争地帯をも飛び越えて、ここヘルベチア共和国へと降り立ったのですね。


s1


この壮大な大河ドラマには少し目頭が熱くなってしまいます。





と、何だかよく分からない方向に話が逸れてきましたが、そろそろ軌道の修正がめんどくさくなってきましたし、そもそも特に実りのある話をしていたわけでもないので今日はこのあたりでお開きとしておきましょうか。

しかしそれにしても、ほんとここ最近ノエルちゃんの魅力が急上昇していますね。
中に入ってる悠木碧ちゃんの演技の賜物でしょうか。

ユミナさんとノエルちゃんどっちを取るべきなのか、小笠原と遠藤でどっちを使うべきか頭を抱える岡田監督の如き懊悩を抱えながら今後の物語の行く末を見守ることとしましょう。

ありがとうございました。









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