水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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スクール水着の隠蔽効果 『夢喰いメリー 第7話』   2011.02.20

テーマ:夢喰いメリー - ジャンル:アニメ・コミック

ペロペロアニメ「夢喰いメリー」の水着回が非常に興味深かい内容だったので、簡単にですがここに書き出しておきたく思います。

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メリーちゃんと言えば、常時むき出しにされた「おヘソ」や、時折覗く「下乳」が印象的でありますが

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この第七話においては、「スクール水着」によって、おヘソも下乳も隠されてしまっていました。

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なんたることか、通常であれば「露出度が上がる」はずの「水着回」で、おヘソや下乳の隠蔽が行われたのです。
これは極めて興味深い現象であると言えるでしょう。
「普段は見えない場所が見える」という、水着回の有用性を無視したこのスク水描写は、「スクール水着」というコスチュームの本質が「露出」ではなく「隠蔽」にあると暗に示しています。
(だいぶ以前に当ブログでスクール水着の有用性を捏造したことがありましたが―参照:http://peace505.blog85.fc2.com/blog-entry-30.html―その時にも『スク水の本質は「隠すこと」にある』などと無根拠な事実をでっち上げておりました。)

メリーちゃんの着用していたスク水は、俗に「旧型」と呼ばれる、スカート状の水抜きが取り付けられたタイプでしたが

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そうした点も、普段はいているミニスカートとの差異を明確にしないための措置、すなわち「露出を抑える」役目を担っていたと考えられます。
こうした、スクール水着による隠蔽の作用を表現するには、確かにメリーちゃんはうってつけのキャラであると言えるでしょうね。
キャラの特性を生かしたよいスク水描写だったと思います。


さて、メリーちゃんは上記の通りでしたが、では、他のキャラたちはどうだったでしょうか。

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そうなんですよね、メリーちゃんが悪質な隠蔽工作に遭うその一方で、他のキャラ(ヤロウを含めて)は、「本来考えうる水着回」の効用通り、その露出度が高められていましたし、あまつさえ、咲に至っては「下乳」まで描かれていました。

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メリーちゃんのおヘソや下乳が隠される一方で、普段は露出していないキャラ(ヤロウを含めて)がその素肌をあらわにしていた、つまり、ここではメリーちゃんやその他大勢の露出度が反転していたわけですね。
このことは、この第7話が、単なる「サービス回」以上の大きな意味を持つ回であることの暗示になります。
メリーちゃん(及び夢路)は、前回のエンギとの戦いやチェイサーとの問答によって、「夢魔と戦う意義」を問われることになりましたが、そうした不安定な心情、「戦いの意味(これまで行ってきたことの意味)が反転する可能性」が、水着による「露出度の反転」によって視覚的に表現されていたのです。
なかなかに面白い演出ですよね。

また、幻界パートにおいては、鬼畜かわいい樹海ちゃんによって

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マラカスを振り回す夢魔の器になっていたショタの夢やキボーが喪失させられ、無気力な人間へと「反転」する様が描かれていました。
そして、これまでのように「夢路やメリーが乱入する」というお決まりの展開は描かれず、「物語」としても転機を迎えていました。
こうした、キャラクターの心境(戦いの意義だけでなく、メリーちゃんの「デレ」への移行や咲のフラグ建てなどもありました)に加えて、物語の方向性や夢魔という存在の認識の転換点を、「水着回」というある種の「制約」の中に収めてしまおうという挑発的な姿勢、「サービス回」の有意義な活用は高く評価したいものです。

最後に、もう一つ示唆的な要素を付け加えておくと、勇魚や咲や部長がその素敵なおヘソや下乳を露出していた一方、邪気眼持ち疑惑のかかる千鶴さんは、白スクというワンピースタイプの水着を着用していました。

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メリーちゃんと同じようにおヘソや下乳が隠蔽された千鶴さんは、果たして何者なのか、“どちら側”の人なのか……という話は近いうちに答えが出るでしょうから、我々が今考えるべきなのはやはり、「メリーちゃんが海に入らなかったのは泳げないからではなく生理が来ていたからだ」という事実無根な風説の検証でありましょうか。
「スクール水着のアイデンティティは“名札”にあるのではないか。『橘』という姓の印字された、“他人のスク水を着る”という行為にはどのような意味が内包されるのか」といった議論と併せて、誰か語ってくれる人いないかなーと丸投げしておきます。

いやほんと、単なる「サービス」以上に語るべきことの多い、ちょっとした感動すら与えられる有意義な回でした。

以上。













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これは魔法少女ですか? はい、ゾンビです―特集・魔法少女まどか☆マギカ―   2011.02.12


とりあえず今期は「魔法少女まどか☆マギカ」を語っておけばオッケーな風潮らしいのですが、かと言って特に語るようなことも思いつかないので、今最も注目を集める淫獣、キュゥべえ氏にインタビューを敢行しました。
氏の口から明かされる衝撃の真実とは如何に!?

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――本日はよろしくお願いします。

キュゥべえ(以下QB):願いごとは決めたかい?

――いえ、決めてませんが……というか私男ですけどそれでも大丈夫なんですか?

QB:大丈夫だ、問題ない。そもそも「魔法少女」というのが一つの「性」なんだよ。だから「中の人」が男か女かは関係ないんだ。

――なるほど、そのあたりは当ブログでも「これはゾンビですか?」のレビューで取り上げていますね。 参照:http://peace505.blog85.fc2.com/blog-entry-58.html

QB:まさにそういうことだね。この世には男と女と魔法少女がいるんだよ。

――第六話において「魔法少女」は実質的にゾンビであると判明しました。

QB:肉体的にはそうだね。でも魂はちゃんとソウルジェムに収納されているよ。

――つまり、「ソウルジェムが本体」ということですよね。

QB:そうそう、肉体が壊されても死なないし、年も取らないし、中出ししても妊娠しないし、便利でしょ?

――やはり肉体が死んでいる以上彼女たちは生理来ないんですね。

QB:そうだよ。生理痛に悩まされることもないし、中出ししても妊娠しない。

――やけに中出しに拘りますね。

QB:中出しできない女なんてクズだよ。

――話が逸れましたが、ソウルジェムが本体であるというのは非常に興味深い事実ですよね。魔法少女、というか「女の子の本体はどこにあるのか」問題にも直結します。

QB:そうだね。ぼくなんかは、どうして人間がそんなに魂のありかにこだわるのか理解できないんだけど、そういうのを気にする人にとっては重要な問題かもしれないね。

――「本体」であるところのソウルジェムに溜まった「穢れ」をグリーフシードに移してキュゥべえさんが食すというシーンがありましたが。

QB:まあ、ぼくの主食だからね。

――あれはつまるところ、排泄物を食べているとみて間違いないですよね?

QB:そういうことになるね。君たちだって美少女のおしっこ飲んだりするでしょ?それと同じだよ。

――なるほど、「ソウルジェム」という言葉のおかげでややこしい感じになっていますが、実質的にはパンツに蓄積された色々な分泌物(おしっこや体液など)を抽出して食すというのと同じことなんですね。

QB:何も間違ってないね。

――つまりソウルジェムはパンツであるということですよね。そして「本体」でもある。これは先ほど述べた「女の子の本体はどこにあるのか」問題にとって一つの解になり得ます。

QB:女の子の本体はパンツであるということだね。だいたい合ってるんじゃないかな。

――キュゥべえさんが執拗にまどかを勧誘しようとするのはやっぱりまどかのおしっこが美味しそうだからでしょうか?

QB:彼女はすごくいい膀胱を持ってる予感がするんだよね。

――何とかしてイヌカレー空間に連れ込もうとするその姿は女子高生に援助交際を迫るおっさんのようにも見えます。

QB:あの女、妙にガード固いんだよね。おかげでぼくが、にとり君を家に連れ込もうと必死になる千葉さんみたいな感じになってるよね(笑)

――ところで、ソウルジェム(=本体)に溜まる「穢れ」というのは、排泄物以外の意味も含まれている気がするのですが。

QB:なかなか鋭いね。実は「穢れ」には「性的な穢れ」という意味もあるんだ。

――具体的に言うと?

QB:どう言えばいいんだろう。これは魔法少女に限った話ではないんだけど、得てして美少女というのは穢されやすい存在なんだよね。コミケなんかに行けば分かると思うけど、それはもう大量の精液を浴びてるよね。

――確かに、例えば「なのは」なんかは、並みのAV女優よりも圧倒的に経験豊かですね。

QB:そこで一つ問題が出てくるんだ。いわゆる「薄い本」であんなプレイやこんなプレイを行って「穢されて」いるなのはやフェイトの「肉体」は、果たして本物なのだろうか、という問題がね。

――「二次創作のキャラ」でオナニーした場合「そのキャラで抜いた」と言えるのか否か、という話でしょうか。

QB:そういうこと。そこで重要なのが「魂」の存在なんだ。つまり、「肉体」はそれぞれの薄い本で別々のものだけど、「魂」が共有されていると考えるんだよ。「なのは(のように見える肉体)」には確かに「なのはの魂」が宿っているんだ。だから、肉体的には例え綺麗になったとしても、魂にはどんどん「性的な穢れ」が溜まっていくんだ。そういうのを是正するために考案されたのがソウルジェムシステムってこと。

――なるほど、「穢れを浄化しやすいようにカスタムされた本体」を別に用意しておく、ということですね。

QB:すごく画期的なシステムでしょ?さっき君は「ソウルジェムはパンツである」って言ってたけど、人間の身体よりもパンツの方が洗濯しやすいのは明白だよね。

――確かにそう言われると便利なシステムですね。まどかや杏子さんが嫌悪感を抱いていた理由が分からなくなってきました。

QB:そうだよね。人間ってのは意味分からないよ。まどかだってさ、どうせ「穢れ」はあとから取れるんだからさっさとヤラせてくれたらいいのに。おっと、今のはオフレコでお願いね(笑)

――そういえば、魔法少女になって魂がソウルジェムに移されると「肉体」は年を取らないんですよね。

QB:そうだよ。そもそも「魔法少女」は年を取らない存在なんだけどね。

――と、言いますと?

QB:だってそうじゃない、年食ってババァになってしまったらもはや魔法少女じゃなくて「魔女」じゃない。

――ということはですよ、もしかしてイヌカレー空間で暴れている「魔女」というのは……

QB:みんなそろそろ気付いてると思うけど、魔法少女の成れの果てさ。ここでさっきの「穢れ」の話に戻るけど、「穢れ」には「年齢」というのも含まれるんだ。

――その「穢れ=年齢」が蓄積された存在であるところの「魔女」が殊更グロテスクに描かれているというのは何か挑戦的な感じがしますね。

QB:成人した女なんてもはや老害でしかないってことだよ。まあ、中には老女萌えなんていう意味不明な概念を確立させようとしてる人もいるみたいだけどね。

――ここまでの話を聞く限りでは、ソウルジェムやグリーフシードのシステムは我々が普段当たり前に行なっている「不都合な事実の削除」を可視化しているように思えますね。

QB:そうなんだ。多くの人が無意識に行なっている、色んな意味での「穢れ」を取り除く作業、それを目に見える形で提示したのがこの「魔法少女まどか☆マギカ」という作品なんだよ。

――なるほど、なんとなくこの作品の方向性が見えてきましたね。本日はありがとうございました。

QB:で、願いごとは決めたのかい?





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人間らしい性生活を推奨するオリジナニーアニメ 『フラクタル』   2011.02.02


ある意味今期一番の話題作、「フラクタル」に関してです。

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この作品については、第一話を視聴した際に、「『ドッペル』の役割には性的なお仕事も含まれているに違いない。キリ」などと半ば確信していたわけですが、よもや第二話において

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「性的な用途での開発」が明確に宣言されることになるとは流石に思いませんでした。
その、性的な用途で開発された「触れるドッペル」とは、言うまでもなく「ネッサ」のことでありますが

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このネッサというキャラが性的な用途で開発された「ダッチワイフ」であると――ヤマカンこと山本寛監督がどうやら敬愛しているらしい押井守的に言えば「セクサロイド」であると――判明した今、我々はヤマカン先生の“初”監督作品、「かんなぎ」を思い出すことにもなるでしょう。

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「かんなぎ」という作品が、木彫りの「人形」に魂が宿るという「ダッチワイフアニメ」であったのは読者諸君もご存じかと思います。

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ナギ様の非処女騒動もしかり、そこかしこに性的な隠喩が込められた作品でありました。
また、「アイドル(=偶像)」がテーマになっており、この「偶像」とはすなわち「ダッチワイフ」に他なりませんし、明らかに「手コキ」を模した振り付けを行いつつ、棒状のモノを口元に手繰り寄せるという、ナギ様が自らの性的なアイデンティティを完全に自覚したOP映像も印象的でしたよね。

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(「かんなぎ」が如何にダッチワイフであるかを語る論は、それだけで記事一本分になるので今は割愛しますが、とりあえずヤマカン監督は既にダッチワイフアニメをつくっていた、という事実だけ押さえておけば問題ないでしょう。)
つまり、こうした「かんなぎ」の文脈を辿れば、ヤマカン御大がダッチワイフをテーマにしたオリジナルアニメ(オリジナニーアニメ)を創作するのも全く不思議なことではないということです。


さて、指揮者ヤマカンとダッチワイフのつながりが分かったところで、「フラクタル」におけるいくつかの示唆的な要素を追いかけてみましょう。
主に第三話の話になります。

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冒頭のシーンにおいて、おしっこが糖分高めのエンリによって「あんたたちマグロォ?」と、その性的な不感症ぶりを指摘されたクレイン及びネッサは、エロテロ組織「ロストミレニアム」の村へ連行されます。

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ピンク色のパンツでおしっこの糖分高めなエンリの兄、スンダの言によると、この村では「口に挿れるモノはすべて自分たちでつくっている」とのことで、自分たちは「ドッペル(=ダッチワイフ)」には頼らず、生身の性をこそ大切にしていると宣言されています。
また、「フラクタルは人間らしい自然な性活を奪った」と既存のシステムに対する批判的な態度も見られました。
少し遡ると、村に到着した直後には、ドッペル(=ダッチワイフ)のことを毛嫌いしているらしいジジィによってこの村の在り方が示唆されてもいましたよね。

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それらのことを考えると、クレインが村の病院を訪れるシーンで意識高いジジィによって発せられた台詞を「おまえは本当の自慰を知らない!」と空耳してしまうのも決して間違ったことではないでしょう。

そうした、いくつかの重要な台詞の断片を読み解くと、この「フラクタル」という作品が「アンチ・ダッチワイフアニメ」であることが伺えます。
つまり、「かんなぎ」においてダッチワイフの賛美を描いたハイパーメディアクリエイターヤマカン自身によるダッチワイフの否定です。
なかなかにロックな生き方ですよね。


さて、この作品のテーマが「ダッチワイフの否定」であると判明したところで、その否定ロジックを考察してみましょう。
第三話の中盤では、クレインが「マメ」のスープを口に挿れるシーンが描かれました。

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この時、ちょっとだけ甘いような、しかししょっぱくて苦いという「女性器」の味の感想を述べていたことは絶対に見落とせません。
加えて、振付け師ヤマカンの得意な「ダンス」で味を表現するシーンでは

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「コソコソする味」であると、つまり、「コソコソする行為の時に感じる味」であると名言されました。
都会っ子のクレインが、初めて口にした「生の」マメの味に感動する、これは「作り物」のダッチワイフでは味わうことの出来ない「生(=性)」の喜びを感じたのであると言えるでしょう。
また、「味覚をダンスで表現する」という行為からも、自らの身体、「生身の肉体」を使ったボディランゲージの重要性が読み取れます。
メッセージ性の強い、素晴らしいシーンでした。

こうした、「生身」へのこだわりからも、ダッチワイフへのアンチテーゼを読み取ることが出来ますが、では、この作品において「ネッサ」というキャラクターは否定されるべき存在なのでしょうか。
答えは否です。
むしろ逆です、ネッサへの賛美こそが、この作品で巧妙に仕組まれた「なまの性」への誘導になるのです。
どういうことか、それは「フラクタル」というタイトルに直結します。
「フラクタル」とは、(細かい概念はさておき)簡単に言えば「相似形」の連なりを差す言葉でありますが、そこでまさしく「鍵」となるのが「フリュネ」の存在です。

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そして、ネッサがフリュネのドッペルであろうことが、第三話の「お姉さま」という台詞でほぼ決定的になりました。

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(この新しく出てきたネッサが“三人目”なのかどうかは分かりませんが、彼女の登場によりネッサという存在が量産型のダッチワイフである可能性を否定できなくなりました。)

この二人のヒロイン、フリュネとネッサが「フラクタル」の関係である――ネッサがフリュネのフラクタル形だとする説は既に各地で語られていますが――とすれば、ネッサの乳首や女性器やアナルはフリュネのそれと相似形である可能性が極めて高いと言えます。
つまり、ネッサとセクロスすることは(=ネッサというダッチワイフを使ってオナニーすることは)、フリュネと性行為を行うことに等しいわけです。
これは極めて重要な要素であると言えるでしょう。
そう、この「フラクタル」という作品は、主人公が精巧なダッチワイフとの性交を通して「生身」の女性の良さに目覚める過程を描こうとしているとみて間違いありません。
ダッチワイフを否定するために「生身の人間のフラクタルであるダッチワイフ」を用意することで、生きている女の方がおもしろくて未知で愛おしいという事を提言するのです。
非常に面白い仕掛けですよね。
ヤマカン神が言っていた「子供をつくりたくなるアニメ」というのも、こういったところから来ているのでしょう。
(クラスのちょっと可愛い女の子と膣や乳首の色まで全く同じ形状のダッチワイフがあったら……と考えると分かりやすいかもしれません。要するにそういうことです。)


と、いったあたりで、今後この作品がどういった展開を迎えるのかはまだまだ未知な部分もありますが、なかなか見どころのあるパンツ描写も含めて、楽しみにしたい所存です。
(今後は、シリーズ構成を務める岡田磨里の文脈――true tearsにおけるオナバードや、DTB二期での生理/月経表現などとの関連性――からの考察も必要になってくるかと思われます。)

以上、フラクタル第一話~第三話までのレビューでした。













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