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便所論壇創設者・岡田磨里からのメッセージをお読みください 『あなる→いろは』   2011.04.27

テーマ:アニメ・感想 - ジャンル:アニメ・コミック Tag [あなる]

前期の「フラクタル」「放浪息子」に続き、今期も「花咲くいろは」「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」という二本の岡田磨里アニメが放映されています。
GOSICKなんて最初からなかった

今、このタイミングで岡田磨里を論じるというのも些か安易に過ぎるかもしれませんが、しかしやはり、我々はどうしても「あなる」という名前の想像力への言及を避けることができません。

anal3.jpg


例えば、ビッチ風のファッションに身を包んではいるものの実際には誰よりも純粋でツンデレで巨乳でオタク趣味――という分かりやすい釣り針に引っ掛かった豚どもを駆逐するかのように

anal1.jpg


「中古」疑惑が浮上した件について、まるで「かんなぎ」の再放送に合わせたかのような戸松遥のCV起用であったり、また「DZ」という文字列が後背位での性行為の様に見えなくもない、といった指摘もなされたりはするでしょうが、しかし今ここで語られるべきなのはそういった安易な処女/非処女考察などではありません。
ここでは、「あなる」という名前について考えてみたいのです。

anal2.jpg


まず「あなる」という名前は、岡田磨里氏が「あれを外すと物語にならない」とまで言って強引に挿入した名前であるというのは押さえておかなければなりません。(決して、将来有望な新人声優にあなるあなると連呼させるためだけの名前ではない)
加えて重要なのは、「死者」である「めんま」というキャラクターの存在です。

anal4.jpg


この、「死」というキーワードと「あなる」という名前は、ある一つのことばで接続されます。
そうです、死者への手向けの花であり、また、アナルを意図する「菊」であります。
「あなる」とは「菊門」であり、菊のイメージは「めんま(=死者)」へと繋がるわけです。

つまり、「あの日見た花」とは、めんまの葬式で見た「菊」のことであり、「僕達はまだ知らない」というのは、記憶の改竄――主人公たちがめんまの死を受け入れることが出来ていない/めんまの死という現実からの逃避――を意味するのですね。
そして、この物語は、めんまのお願い(その「お願い」があなる開発なのかどうかはまだ分かりませんが)を叶えるという名目のもと、それぞれが死と向き合い「あの日見た花(=菊)」の名前を思い出す話になるのではないか――――といったような物語考察も実は心底どうでもよくて、本題はもっと別のところにあったりします。
表題にある通り、岡田磨里からのメッセージについてです。

その話をするためにまず、今期のもう一本の注目作品、「花咲くいろは」を召喚します。

eroha.jpg


ここでも一つの「名前」に着目しましょう。
主人公である「緒花」という名前です。
作品タイトルが「花咲く」であることから分かるとおり、この「緒花」という名前は、どちらかと言えば「花」の方に比重が置かれているのでしょう。
そして「花」と聞いたら当然のように皆さんは「便所」を思い浮かべるでしょう。
つまり、「緒花」とは「ちょっとお花を摘みに……/ちょっとお花畑に……」の「お花」、すなわち「汚花」のことであると言えます。(「お花を摘みに…」という言い回しは女性がよく使いますが、岡田磨里氏も実は女性であるという点は忘れてはならない。)

要するに平たく言えば緒花ちゃんは「うんこ」であると言えるわけですが、そのうんこは果たしてどこから排泄されるのでしょうか。
そうですよね、うんこは通常「あなる」から排泄されますよね。
ここが一番のポイントです。
「あの花」において岡田磨里氏が大きなこだわりを見せた名前である「あなる」、そして、氏の一声によって当初の設定/物語から大きく改変されたらしい「花いろ」という作品、その主人公、緒花。

これらの要素を鑑みると、今期、岡田磨里氏から何かしらのメッセージが発されるとしたら、それは「あなる」から排泄された「お花」であるところの緒花ちゃんの口を通して、すなわち、緒花ちゃんこそが今期の岡田磨里氏の代弁(大便)者であると言えるわけです。
第3話において、緒花ちゃんがエロ小説家に作家論を説くようなシーンがありましたし、また作品全体にも「働く」とはどういうことか、というようなメッセージ性を感じ取っている人は多いようです。そういった、緒花ちゃんによってダイベンされる氏のメッセージを、我々は今後も注意深く汲み取る必要があるのでしょう。
(このようなメッセージの発信方法は、きわめて「便所的」と言えるでしょうし、「放浪息子」及び「フラクタル」によって便所論壇を立ち上げた岡田磨里らしい表現方法であると思います。)


ちなみに、「緒花」という名前の「緒」の部分にも、なかなか意味深いものを感じておりまして、たとえば「緒」という漢字には「いとぐち」という読み/意味合いがあったり、また、「情緒」という言葉のように「こころ」をあらわす文字としても機能します。
なので、「いとぐち」とは「糸口=意図口」であるとか、作家の「こころ(=氏の心情)」が云々といったような考察は、まあ特に面白いものでもないかもしれませんが、上記の緒花=岡田磨里のダイベン者説を裏付ける糸口としてここに追記しておきます。

(まあ何にせよ、今期は「花いろ」と「あの花」を比較して語る人は多いでしょうし、またそうした安易な比較考察を批判する人も同じぐらいいるでしょうが、この二つの作品は「あなる→汚花」というこれみよがしな糸(意図)で接続されているわけですから、並べて語るなという方がホビロンなのでありましょう。)


以上。













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