水の音、無形の雫

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便所化する物語――ミツヒデの命題―― 『戦国乙女~桃色パラドックス~』   2011.05.08


さて戦国乙女の話題です。
第5話において描かれたミツヒデさんの「粗相」を振り返ります。

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サブタイトルの怪談乙女を快便乙女と空目した人は多いかと存じますが、前回、第4話において初登場し、今回も当然のように現れた武田シンゲンの存在を考えれば、便所(または排泄)にまつわる話が描かれるのはごく自然なことであると言えるでしょう。

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――戦国時代、自分の館に6畳間のトイレを作った名将、それは武田信玄。信玄はトイレを「物事を考える場所に適している」と考え、ニオイまで気にしてお香を焚いたり、トイレの傍にお風呂を付けたりしてトイレという空間を大事にしていたのです。その中で長い時には1時間以上戦術を練っていたと言われています。そんな信玄はトイレという大切なプライベート空間を敵に知られないように「山」と呼んでいました。あるとき家臣が「厠をなぜ山と呼ぶのでしょう?」と質問したとき信玄は「山には常に草木(臭き)が絶えぬから」と答えたそうです。/トイレのインフォメーションどっとこむより抜粋――

つまり、便所マニアとして有名な武田シンゲンの存在は、それだけで我々に便所的な何かを想起させるわけです。
したがって、常に草木が絶えぬ場所で行われた百物語の最中に、おやかた様と間違えて――お館とはお屋形であり、便所的な建物が連想されてもおかしくない――ミツヒデが思わず抱きついた相手が武田シンゲンであったというのも

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その後の展開(お漏らし=排泄)を考えるとごく自然な光景であったと言えます。
(この時、ミツヒデの右隣りにはヒデヨシが座っていましたが、落ち武者たちに出会う前の森の中を探索するシーンで

Sengoku Otome

ヒデヨシと抱き合っていたことを考えると、いわゆる天丼ネタとしてヒデヨシに再度抱きつく、というのがベターな演出であったはず。にも関わらず、あえてシンゲンに抱きついたというのがもっとも重要なポイントでしょうか。)
もちろん、百物語の最初に腹黒かわいいイエヤスちゃんによって語られた「厠の緒花さん」も重要な伏線になっていたわけですが

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この、会場となった場所がの側であった点や

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第4話においてシンゲンとケンシンによる中島の戦いが描かれたのも偶然とは思えません。

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――厠は、数多くある便所の別名の中でも古く、奈良時代から見られます。
712年『古事記』には、水の流れる溝の上に厠が設けられていたことが示されており、川の上に掛け渡した屋の意味から、つまり「川屋」を語源とする説が有力といわれています。
また、現代では住居の中に便所を作るのが一般的だが、少し前までは母屋のそばに設けるのが一般的であったため、厠の語源を「側屋(かわや)」とする説もあるそうです。/トイレのインフォメーションどっとこむより
――

あの百物語の会場は、これまでの物語の流れ、また登場人物や立地によって、高度に便所化されていたと見ることができるでしょう。
あらゆる状況がミツヒデの「粗相」を暗示していたわけですね。
(実際には、今回の物語の舞台は「便所化」されていましたから、ミツヒデが行ったのは「粗相」や「お漏らし」ではなく、ちゃんとした便所での排泄であるとも言えるわけですが、ここでは便宜上お漏らしということにしておきます。)

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ところで、件のシーンを改めて振り返ってみても、ミツヒデが「ナニを」漏らしたのかは明確には描かれておらず、「大」なのか「小」なのか、またはその両方なのかがよく分かりませんよね。
シュレディンガーのお漏らし理論で言えば、ミツヒデのパンツ(のようなズボンのような何か)の中にはうんことおしっこが5:5で重なり合った状態で存在していたとも考えられますが、実は作中にいくつかヒントと思しきものが散りばめられていました。

それは例えば前述の「厠の緒花さん」の話であったり――緒花=汚花であり、あなるから排泄されるうんこである/参照:便所論壇『あなる→いろは』――あるいは、百物語の途中で発狂したミツヒデを拘束するために

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ノブナガさまが発した一言「じばれ!」であったり、より直接的な表現としては、ミツヒデのお漏らし発覚直後に、「わたしもー!」と森の奥へ走り去って行ったヒデヨシが

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尻を押さえていた点は見逃せないでしょうし、ともすれば、冒頭のタイトル明けすぐにヒデヨシの尻のアップが描かれたのも示唆的に映ります。

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また、冒頭の描写と対比(堆肥に非ず)するかのように、ラストにはウサギの尻を食わされるというショッキングなシーンが無修正で描かれもしました。

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こうした点を鑑みると、ミツヒデがナニを漏らしたのかが朧げながら見えてくるでしょう。
(もっとも、実はミツヒデが漏らしたのはそもそも排泄物ではなかった、つまり、明らかにマゾ体質であるミツヒデは、百物語の恐怖を「快楽」として認識し、性的なエクスタシーに達した。そしてそれを見たヒデヨシも性的なものを催した――という解釈も決して無視はできませんが。)

さて、上述のように、この第5話においては、武田シンゲン及び「川」の存在による「舞台の便所化」が行われていたわけでありますが、ミツヒデがナニを漏らしたのかといった議論とともにもう一点、排泄という行為によってノブナガたちとの合流が遅れた結果、腹黒タヌキかわいいイエヤスちゃんの「キャラの変化(=本性の露呈)」にヒデヨシが気付いた、という点をクローズアップせねばならないでしょう。

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つまり、排泄という行為を通じて物語の歯車が動いたわけです。(ヒデヨシはバカなのでそうそう大きな転換点にはならないかもしれませんが。)
第1話レビューでも言及した通り、やはりこの作品は「便所的」な作品であったのです。
(思えば、第1話では、ヒデヨシは汲み取り式の所謂「ボットン便所」の存在によって「この場所は何かおかしい」と自分の置かれた世界に疑問を持ったわけですが、もしもヒデヨシが召喚された先がノブナガではなくシンゲンの元であったら、ボットン便所ではなく水洗便所が用意されていたはずですから、物語は大きく変わってくるはずで、そういった点からも「便所的」な作品であると言えますよね。)


ちなみに、ちょっとした余談なのですが、妙に印象に残っているカットがありまして

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この場面、何ということはないカットでありますが、織田/豊臣と明智/徳川を分裂させるかのように一本の樹木が描かれていて、今後の人間関係の境界線のように見えてしまうのです。
ここまで、桶狭間の戦や川中島の戦などが、どんな大河ドラマよりも史実に忠実に描かれてきており、なおかつ物語的な便所化が進められているこの作品ですから、もしかしたら今まではどこぞの組織によって歪曲/秘匿されてきた真実の本能寺、すなわち、ノブナガとミツヒデが自身のおしっこやうんこによって火消し対決を行う「本能寺の便」が描かれるのもそう遠くはないのかもしれません。

以上。













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