水の音、無形の雫

アニメやゲームのレビュー、日常の様々な事象に関する考察など。C86・3日目東P21a

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パンツ論争の終着点『迷い猫オーバーラン! 第12話』   2010.06.26



さて迷い猫オーバーランでございます。

サトジュンこと佐藤順一×カサヰケンイチという、思わずどっちが攻めでどっちが受けなんだろうと考え込んでしまいそうな布陣による最終回でした。


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第11話において「ブルマVSスパッツ」という強烈な無茶振りを受けたサトジュンがどのようなアンサーを提示するのかが注目されました。


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この、ブルマとスパッツという、まるで冷戦時代の旧ソ連とアメリカを彷彿とさせる対立は、我々視聴者からしても極めて重要な課題でした。
なぜならば、ブルマの側に与すればスパッツとの交流が途絶え、スパッツの側に付けばブルマが断絶されてしまう、あっちを立てればこっちが立たず、まあ、tnkが勃つのかどうかは別にしても、ブルマとスパッツとは常に反発し合う、決して相容れない、まさしく資本主義と共産主義の対立を思わせる絶望的な立ち位置のアイテムなのであります。


ところが、ここにきて、あたかも我々の股間をオーバーランさせんとばかりに、ブルマとスパッツ双方の“うま味”を吸い上げた第三世界として「ぶるっつ」という概念が提案されました。


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そしてこの「ブルマ:千世」「スパッツ:文乃」「ぶるっつ:希」という三者構造は、そのまま作品内におけるヒロインの立ち位置に接続されます。
つまり、ブルマとスパッツという伝統的な衣装の対立に対し、「ぶるっつ」という前衛的な衣装の提示/勝利は、古くからの“家族”である文乃と千世に対して新しい“家族”である希が勝利する=希ルートの確定という物語的な帰結へと繋がるわけです。

前話からの無茶振りを上手く活かした見事な演出でした。


また、演出という面では、序盤で見られた“光”によるパンツ演出が随所に施されていた点も印象的でした。

迸る光の奔流『迷い猫オーバーラン! 第2話』

継続する光の反乱あるいは氾濫『迷い猫オーバーラン! 第3話・第4話』



例えば、窓から眩しいぐらいの“光”が差し込む教室では


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恥ずかしげもなく眩しいぐらいのパンツがあらわになりましたし、前述の「ぶるっつ」がお披露目されたのも


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千世のグラサンが“光”を反射した直後でしたよね。

加えて、「ぶるっつ」がその攻撃力を最大にした立ちバッククラウチングスタートのカットでは、燦々と光り輝く太陽がその圧倒的な破壊力を祝福していました。


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こうした“光演出”を経て、感動のフィナーレへと向かいます。

この最終話は、希がおよそ始めてといってもいい“自己主張”を行う回でもありましたが

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何よりも、巧との二人三脚以上に重要だったのは、エンディングにおけるパンツのデザインに対する主張でした。

思えばこの作品は、文乃の縞パンに始まり

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希の無地パンで終わるという作品でした。

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もちろん、この始まりと終わりのパンツが、両方とも「主人公がスカートの中に頭を突っ込む」という構図で描かれていたことは決して見逃せません。

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そして、最後まで一貫して縞パンにこだわり続けた文乃

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無地パンをはき続けた希

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この両者の対決は、希(=無地パン)の勝利という一つの結論を迎えました。

つまり、この最終局面での希エンド(=無地パンツエンド)の選択は、「迷い猫オーバーランという作品全体に対するファイナルアンサー」になっているわけですね。

余計な柄が入った縞パンよりも、日本古来からの侘び寂びの心を写し取った無地パンこそが物語の終着点に相応しいという、サトジュンなりの様式美なのでありましょう。

縞パンが持て囃されがちな昨今の風潮に対する批評精神は、我々も大いに見習うべきところがありますね。

(さて、ここにきて文乃VS希というパンツ対立軸から外れた、インなんとかさんと中の人が同じ千なんとかさんとかいう似非幼女キャラが完全に空気化しているわけですが)





と、いったあたりで。

まだ総集編が残っているみたいですが、総評として、どうせ下らない有象無象のラブコメでしかないのならいっそ原作など無視して好き勝手やってしまえ、とりあえず“キャラクター”が動いていればそれでいい、あとは監督各人の“解釈”に任せようという、まさしくキャラクターコンテンツ(=萌えアニメ)と呼ぶに相応しい“同人誌”のような構造は非常に興味深い作品でした。
メディアミックスの極地を見た気がします。

(それにしても文乃かわいいなぁいい身体してるなぁほんとにもうこれでもかというぐらいウザイ娘だなぁこれはツンデレじゃなくてウザデレという新境地を開いてしまったなぁ…などという個人的な嗜好は恥ずかしいので内緒にしておきますね)



そんな感じで、俺の好きなアレやコレも同じようなスタイルでアニメ化してくんねーかなぁ、などと思いつつ。

ではまたっ。










けいおん!!は日常系ではなかったらしい   2010.06.12



前回の記事では「日常系エロゲ」というものについて考察しました。
今回はその記事に対する補足、注釈的な内容になります。

日常系エロゲは成立するのか


さて前回、“日常系”の定義として以下のような要素を抽出しました。

・男が絡まない=恋愛/エロ要素の排除

・主人公を明確化しない

・物語性がない(物語に連続性がない)

・キャラが成長しない

・舞台が限定されている


そして、こうした要素を抜き出すためのサンプルの一つとして“けいおん!”をチョイスしていたわけでありますが、ここに一つの誤りがありました。

というのも、このけいおんという作品は、原作やアニメ一期はともかく、現在放映されているアニメ二期に関して、「もしかしたら“日常系”じゃないかもしれない」という疑惑が発生したのです。


一般的に「日常系アニメ」と呼ばれるけいおん!!ですが、例えば「舞台の閉鎖性」であったり、「恋愛/エロの排除」という部分に関しては“日常系”のフォーマットに沿っていると言えるでしょう。

しかしその一方で、特に第7話以降、これまで“現在”に主軸が置かれ、あくまで「今ある日常」を描くだけだったこの作品で、「OBの女子大生」や「今後の進路」といった“未来”が描かれたり、あるいは回想シーンによる“過去”の掘り下げが行われるようになりました。

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また、さわちゃん先生の同僚や近所のお婆ちゃんなど“大人”が多く描かれるようにもなりましたし、一期の頃に比べてクラスメイト、「個性を持ったモブキャラ」が大量に投入されてもいます。

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つまり、一期の頃は「軽音部+数人の関係者」という、ほぼ密室で“点”として描かれていたこの作品に、新たに“時間”という縦軸と“社会”という横軸で二本の“線”が描かれるようになったのです。

そしてそのことは、けいおん!!という作品に「物語性」が付与される要因となり得るわけです。


それが証拠に、例えば第7話から第9話にかけて、「女子大生となったOBの姿→今後の進路(唯の未来予想)→進路にも関わってくる試験」というように、なんたることか、一話完結だと思われていた(思い込んでいた)この作品に“伏線”という要素が加えられ、「物語の連続性」が生まれてしまっているではありませんか。

あるいは、一期や原作に比べ明らかに頻度が上がっている“過去の回想”に関しても、同様に「キャラクターの成長」という「物語」が発生しています。

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また、ユイアズという公式カップリング、つまり「百合恋愛(に成り得る素材)」が提示された点も見逃すことは出来ないでしょう。

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ここまで「物語性」が出てきてしまった作品を「日常系」と呼ぶには少し違和感を感じてしまいますよね。

もちろん、じゃあ「非日常系」と呼べばいいのか、などという簡単な話ではありませんし、そもそも「日常系」という言葉自体が定義も曖昧で人によって千差万別な言葉ですから、「これは~が~だから~なんだよ!」とキバヤシ先生のように一概に述べることなど出来ないのは分かりきっています。

しかしながら、一方で、いくつかの「日常系と呼ばれる作品」を並べた上で朧気に見えてくるフォーマットとこの作品を照らし合わせた時に、どうしても他の作品とはズレて見えてきます。

そしてその微妙な“ズレ”からは、京アニによる「脱・日常系」というコンセプト、あるいはアニメ一期、及び原作までも含んだ「アンチ・けいおん!」という自己批評のような意図を感じざるを得ません。

二期第1話において、(俺の)あずにゃんにブタの着ぐるみを着せては所謂「けいおん豚」を揶揄したり、あろうことか唯に「ブヒ!ブヒ!」と鳴かせるなどしては「ブヒ」と「部費」との押韻により「けいおん豚からの部費(=金銭)の回収」という搾取の構造を明言していたりもしたわけですから、京アニの自虐的なまでの批評精神は推して知るべきなのでありましょう。
京アニさんマジカッケーっす。


もはや、第1話を見た時には「ああ、一期とほぼ同じか」と思っていた“二期”が、全くの別物であるようにすら思ってしまいます。
いや、実際意図的に別物にしているのでしょう。
何にせよ、今後どういった「物語」が見えてくるのか、あるいは見えてこないのか。
興味深く視聴を続けたく思います。
個人的には唯がおしっこを我慢したりあずにゃんが肩車状態でおしっこを漏らす話を待ち構えております。



と、いったあたりで、今回は短めに。
まあ、ジャンル論など本来はどうでもよい話で、べつにけいおんが日常系だろうが上条系だろうが何だっていいんですが、とりあえずは前回の記事への補記として、また個人的な頭のエクササイズとして筆を取らせて頂きました。

ではでは、にわかサッカーファンの俺はアルゼンチン-ナイジェリア戦を絶対に見逃せないので失礼します。










荒川UTBにおけるパンツに関する所感   2010.05.24


そろそろ梅雨の季節ですね。
真夏レベルの殺人太陽光線が降り注いだかと思えば、次の日には地上に住まう人々の浅はかさを嘲笑うかのような豪雨が降り注いだり、もはや暑いのか寒いのかもよく分からない、一体今が何月なのかさえも忘れてしまうような気象が続いていますね。

そのうち日本という国は春夏秋冬ではなく“雨季”と“乾季”に分かれるようになるのではないか、などという妄想が頭を過ぎりもする今日この頃、読者諸兄はいかがお過ごしでありましょうか。

俺の方はと言うと、非実在病弱な妹の看病をしたり、非実在幼なじみのツンからデレへの移行を阻止したり、非実在エロ幼女の保健体育の家庭教師をしたりと、10日間もブログを放置する程度には忙しい日々を送っております。
まあ、元々週1回か多くて2回ぐらいのペースで更新出来りゃあ上々だろうというぐらいの軽い気持ちで自己満足のために始めたブログでありますので、誰に強制されているわけでもなし、10日程度間を空けたぐらいでは誰の得にも損にもならないであろうことは明白なわけでありますが、とは言え、最近ではその自己の満足すら満たせない状況が続いておりましたので、ここいらで一発ガツンと更新しておくか、と筆を取らせていただいた次第でございます。


と、いったところで、更新ペースが落ちたことに対するロクな言い訳も思い付かないまま、早速本編へ突入します。

本日取り上げますのは“荒川アンダーザブリッジ”の第6話でございます。

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この第6話においては、ニノさん(マジ天使)の健康的なスクール水着が描かれました。


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思わずテレビの画面をペロペロしたくもなりますね。

さてここで、我々はある一つの画面演出に着目しなければなりません。
ニノさん(マジ天使)が川に飛び込んだ直後に表示されるタイムカウントです。

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このタイムカウント描写を目の当たりにして、ある人気アニメ作品を思い出した人は多いはずです。

そう、“荒川”と同じ「新房/シャフト」アニメである“化物語”で描かれたパンツですね。


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だいぶ以前に当ブログでも何かの記事で指摘しましたが、この「タイムカウント+パンツ」という表現は、新房監督の右腕、大沼心監督による“バカとテストと召喚獣”における“パンチラ”シーンで活用されることになります。


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ここでは、“化物語”のような物理的なパンツ描写ではなく、「タイムカウント+パンツ」という図式を「タイムカウント=パンツ」という等式に置き換えた、心理的なパンツ描写がなされています。

また、このタイムカウントパンツは、新房/シャフトという文脈を離れ、“とある科学の超電磁砲”へも飛び火しました。


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こうして、一度「新房/シャフト」の手から離れたタイムカウントが、しかし再び元の鞘に戻ってきたという現象に、何かしらの意味合いを求めてしまいたくなるのが紳士の性というものなのでしょう。

何か納得のいく答えが見出せないものか、新房監督からのメッセージはどこにあるのかと、(決して性的な目線ではなくあくまで映像表現研究の一環として)食い入るように画面を見つめているうちに、ふと一つの奇妙な違和感に気付きました。

その違和感とは、何のことはない、ニノさん(マジ天使)の纏っているそのスクール水着です。

スクール水着とは、読んで字の如く「水着」であるわけですから、そもそも「パンツ」とは何の関係もないどころか、2008年に放映された伝説的なパンツ擬人化アニメ“ストライクウィッチーズ”において


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「パンツじゃないから恥ずかしくない」などと宣言され、あまつさえ「これはズボンである」と、不名誉なレッテル貼りまで行われていました。

しかしその一方で、「いや、あれはどうみてもパンツだろ」と、声には出さないまでも心のどこかで思い続けていた人も少なからずいるはずです。

そうした、声にならない弱者の声に対する一つの解、それが、この“荒川”におけるタイムカウントなのですね。


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“化物語”での「+パンツ」に始まり、バカテス―レールガンという流れを経る中で「=パンツ」へとその意味を変化させた「タイムカウント」は、つまるところ「このスク水は“パンツ”である」という宣言に他なりません。

つまり、“ストパン”によって一度は「パンツじゃない」と宣告された“パンツのような何か”の再定義が行われたわけです。
ニノさん(マジTENGA)の身に付けている何かしらは、今この場においては紛れもなく“パンツ”なのだと。

一度は新房監督の元から離れ、その意味するところを変換された上で再び戻ってきた「タイムカウント」によって、我々は今こそ、胸を張って宣言することが出来るでしょう。


「それはパンツだから恥ずかしいよ!」






と、いったあたりで、若干駆け足ではありますが、たった一つのパンツ描写を殊更強調しては騒ぎ立ててあたかも画期的なパンツ表現であるかのように装う作業を終わりたく思います。
ありがとうございました。











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